音大生が実地体験するアート・マネジメント——芸術と社会をつなぐ仕事は「音楽で就職は難しい」を解決?
音楽家になりたい人は星の数ほどいる、でも成功するのはほんのひと握り、だから音楽を勉強してもメシは食えない! ……世知辛い世の中、そんな理由で音楽教育の場が揺らいでいます。
でも、暮らしの中では、情操教育や地域のコミュニティ形成、地方の活性化など、音楽をツールにした取り組みで、音楽の存在感は増しているかもしれません。
1990年代から日本の芸術を扱う現場で重要視されてきたのは、芸術と社会をつなげるアート・マネジメントの仕事。近年、音大でも専門の学科が立ち上がり、ホールなどの公的施設も地域の誰もが利用できるような企画を立てています。
ここでは、5つの音楽大学から集まった学生とサントリーホールとの協働プロジェクト「レインボウ21」の会議を取材! イマドキの音大生は何を学び、どんなコンサートを企画しているのでしょうか。
専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...
音大生が学ぶ「アート・マネジメント」
「アート・マネジメント」とは、ざっくり言えば、芸術と社会を「つなぐ」仕事のこと。
コンサートを企画することや音楽ホールを運営すること、公演にまつわるお金のこと、楽団の経営のこと、芸術は社会とどう関わるべきかを考えること……アート・マネジメントの仕事は、人々が音楽を楽しむために不可欠なことばかり。でも、演奏家など実際に顔が見える以外の仕事は、えてして意識に上ることは少ないものです。
しかし近年、状況は大きく変わってきました。特に音楽大学では演奏技術だけを磨くのではなく、アート・マネジメントを学ぶことを重視するようになり、専門の学科も立ち上がっています。
その目的は、演奏家としての自分をセルフプロデュースする能力を身につけることや、または演奏家ではなくアート・マネジメントの専門家として就職すること、あるいはさまざまな業界で共通に役立つ、ビジネスの考え方や実務能力を獲得すること。そのような学びを経て、今日の音大生はより多角的な力を備え、演奏や音楽だけに留まらない幅広い可能性をもって、社会の多彩なシーンで活躍しています。
音大の枠組みを越えて活動する「レインボウ21」
そうした中で、クラシック音楽の殿堂・サントリーホールで毎年行なわれている、大学生がプロデュースする「レインボウ21 サントリーホール デビューコンサート」。
今年で23回を数える本企画は、1996年当初は音大生にサントリーホールで演奏する機会を与えるものとして始まりましたが、2004年からは企画立案から大学生に任せる形にバージョンアップ。コンサートを企画制作するのも、それを運営するのも、出演するのも音大生。しかもその舞台は憧れのサントリーホール……またとない勉強と経験の機会は、アート・マネジメントを学ぶ音大生の目標となっています。
今年参加している学生にも、アート・マネジメントの学科に所属する人のほか、声楽やピアノを主な専攻にしながらアート・マネジメントを学ぶ人もいます。
「演奏活動でホールの方と関わるうちに、裏方として音楽会をつくる仕事に興味が湧いて」「自分も幼い頃からピアノを習ってきたけれど、私は表でキラキラするよりもそれを支える方になりたいと思ったんです」など、音楽を深く学んできた彼らだからこそ、マネジメントの仕事の大切さやそこに携わる喜びも、人一倍実感しているのでしょう。
一方、「自分はやりたいことが見つけられなくて、無気力に生きていたときもありました。だけど『このままではダメだ、何か情熱を持てる仕事を見つけたい』と思い直したとき、幼い頃から大好きだった音楽に思い至りました。演奏の仕事は考えられないけど、アート・マネジメントなら音楽の仕事で一生燃えられると思い、フリーターから音大に入ることにしたんです」という学生も。「大好きな音楽を仕事にしたい」という願いを叶えるための道は、意外とたくさんあるものなのですね。
実際、この「レインボウ21」を過去に経験した音大卒業生の多くは、オーケストラの事務局に就職した人、音楽ライターになった人、舞台制作の会社に入った人……など、それぞれの形で音楽に関わる仕事をしています。今年のメンバーの中にも、自治体の文化財団に内定を受けた人がいました。
各大学の学内でもコンサートをつくる実習は行なわれているものの、このレインボウ21でしかできない経験も多いそう。
「学内での実習では、互いに人となりがわかっている状態からプロジェクトが始まるけれど、ここではコミュニケーションを築くことから。学んできた環境も違うので『こういう考え方もあるんだ』と知ることができたのはとても刺激的でした」「自由度の高さ、それに伴う責任の大きさが全然違う。学内では、やはり学生として守られていたんだなと改めて感じました」
学校の外だからこそ経験できること、そこでぶつかる壁の大きさも、彼らを大きく成長させたようです。
「レインボウ21企画委員会」のメンバー
上野学園大学、国立音楽大学、東京音楽大学、フェリス女学院大学音楽学部、武蔵野音楽大学の5つの音楽系大学より、伊藤華子、大波多美友、梶安由里、河口裕道、川島香音、近藤菜月、齊藤瑞、栄咲季、谷河礼菜、望月春花、渡邉朱音(順不同)。下の写真は取材時に参加していたメンバー。
若く斬新な発想でつくる「癒しのコンサート」
10月中旬のある日の夕方、きらびやかな正面玄関ではオーケストラの公演にやってきたお客様がチケットを切られている頃、一般の来場者は入れないバックステージの会議室では、音大生たちの会議が白熱していました。
来る11月28日に開催するコンサートのタイトルは、『Paysage~音で感じる森と海~』。「自然と癒し」をコンセプトにし、森と海にまつわる曲を並べようと考えたのは音楽療法に関する授業を履修した学生。そのテーマをもとに、印刷物担当のメンバーは配布するプログラムにも「自然」に関する写真をたくさん入れ、目でも楽しめる仕上がりにしたいと考えているそう。レイアウトを依頼するデザイナーとの打ち合わせも学生が担い、コンサートに関わるさまざまなプロフェッショナルの現場を肌で感じて学びます。
また、ユニークなのは、アロマオイルを染み込ませた紙を来場者に配る計画。このアイデアには、サントリーホールのスタッフも「自分たちの固まった頭では出てこない発想だな」と驚いたそう。匂いが苦手なお客様が困らないか(そこで、紙をそのまま配るのではなく袋に入れることに)、市販のオイルをこのような用途で使うことに権利的な問題はないか……など、ひらめいたアイデアを具現化するための問題をホールのスタッフと一つひとつ検討しながら、実現に向けて着々と作業が進んでいます。
最後は広報担当の学生2人に「本サイトの読者に向けて告知をしてください!」とお仕事をお願いしました。
「『Paysage』とは、フランス語で風景のこと。香りや照明などにも試行錯誤を重ね、視覚・聴覚・嗅覚を駆使して、森や海の風景を思い浮かべて癒されるひとときは、皆さんが思い浮かべるような普通のコンサートではないと思います。都会にいると森や海は『時間を作って行くもの』になってしまいますが、都会の中でもそんな風景を思い浮かべて自然の癒しを感じられるコンサートになっていますので、ぜひ『仕事で疲れちゃったな』『明日も頑張りたいな』という方に来ていただきたいです!」
日時: 2018年11月28日(水)19:00開演(18:20開場)
会場: サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
出演: 上野学園大学、国立音楽大学、東京音楽大学、フェリス女学院大学音楽学部、武蔵野音楽大学(50音順)在学生・卒業生
料金: 2,000円(全席自由)
曲目:
ボニ《森の情景》作品123 より 第2曲〈夜明けにて〉、第3曲〈祈り〉
ゴーベール《3つの水彩画》より 第1曲〈明るく晴れた朝に〉
リャードフ《舟歌》嬰ヘ長調 作品44
ポンセ(ハイフェッツ編曲)《お星さま》 ほか
協力: 上野学園大学、国立音楽大学、東京音楽大学、フェリス女学院大学音楽学部、武蔵野音楽大学
問い合わせ: サントリーホール Tel.0570-55-0017(10:00〜18:00)
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