2024.08.12
ルターらによる初の『讃美歌集』出版から500年
バッハの最初の音楽教材は讃美歌だった~バッハの音楽とコラールの密接な関係
今年はバッハが最初のコラール・カンタータを書いてから300周年にあたります。ルター派の教会で歌われるコラール=讃美歌は、バッハにとってもっとも身近な音楽でした。このコラールがいかにバッハの音楽の隅々にまで浸透しているのか、両者の密接な関係をひもときます。
加藤浩子 音楽物書き
東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて執筆、講演活動を行う。オンライン...
2世紀違いの同窓生、ルターとバッハ
ヨハン・ゼバスティアン・バッハともっとも関係が深い歴史上の人物は誰か?
そう聞かれたら「マルティン・ルター」と答える。ご存知「宗教改革」の立役者だが、音楽史に与えた影響も大きかった。大の音楽好きだったルターは、礼拝に多くの音楽を盛り込んだ。バッハはルター派の教会を主な仕事場にしていた音楽家一族の出身であり、彼の宗教音楽のほとんど〜《マタイ受難曲》《クリスマス・オラトリオ》から教会カンタータまで〜が、ルター派の礼拝のために書かれている。
マルティン・ルター(1483-1546)
続きを読む
実は、バッハとルターは教会学校の同窓生である。ルターが15歳から18歳(1498〜1501)にかけて学んだアイゼナッハの聖ゲオルク教会附属学校で、およそ200年後の1693年に生徒となったのが8歳のバッハだった。2人は2世紀の時を隔てた先輩後輩なのである。
ちなみにアイゼナッハはバッハ生誕の地。郊外には、ルターが新約聖書をドイツ語に訳したヴァルトブルク城が聳える。バッハは町楽師だった父のアンブロージウスに連れられて、ヴァルトブルク城にも行っていたはずだ。その城での聖書独訳というルターの偉業を、バッハが知らないはずがない。
ルターが新約聖書をドイツ語に訳したヴァルトブルク城
バッハが洗礼を受けたアイゼナッハの聖ゲオルク教会。ルターはここの付属学校でバッハの先輩だった
関連する記事
-
《椿姫》の舞台をNYへ~オペラ界の“異端児”柴田智子が今を生きる人に贈るオペラの...
-
スクリャービンと二人の「愛しい人」〜同日に書かれた2通のラブレターと三角関係の予...
-
指揮者ジョナサン・ノット、東京交響楽団との12年を振り返る
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest
2025.04.21
《椿姫》の舞台をNYへ~オペラ界の“異端児”柴田智子が今を生きる人に贈るオペラの...
2025.04.20
スクリャービンと二人の「愛しい人」〜同日に書かれた2通のラブレターと三角関係の予...
2025.04.18
指揮者ジョナサン・ノット、東京交響楽団との12年を振り返る
2025.04.18
「第九」で学ぶ!楽典・ソルフェージュ 第5回 音程3. 音程の補足と応用
2025.04.18
一周忌を迎えるフジコ・ヘミング、新たなドキュメンタリー映画が2025年公開へ
2025.04.17
今週の音楽家の名言【指揮者・佐渡裕】
2025.04.15
ショパンコンクール予備予選に日本から出場する24名 どのようなピアニスト?経歴は...
2025.04.13
ギタリスト福田進一「武満徹には奏者を介して出てきたものを受け入れる自在さがあった...