レポート
2019.09.11
子どもと音楽 No.1 座談会 第1回

クラシック音楽業界の母たちによる決起集会!? 子育てと音楽にまつわる座談会

子ども向けの音楽ワークショップやコンサートが増え、習いごとや音楽の聴き方も多様化する現在、音楽をめぐる親子の関わりの実態や課題とは?
音楽業界で働く、音楽好きの母たち8名が座談会を開催! ご自身も小学生の息子さんをもつ音楽ライターの室田尚子さんの司会のもと、軽くみなさんの自己紹介から……と思いきや、妊娠時からの「話さずにはいられない」数々の奮闘話にタイムオーバー!?
第2回の開催を約束しつつ、初回はプライベートの体験談や仕事場でのエピソードをどうぞ!

司会&レポート
室田尚子
司会&レポート
室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

写真:編集部

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音楽業界で働く母から見た現状とは?

女性たちが社会に出ていくきっかけとなった男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年、今から30年以上も前のこと。現在、「均等法第一世代」といわれる女性たちは企業で管理職になる年齢となり、子どもを持ちながら働く女性は珍しいものではなくなりました。

一方で、音楽業界をみてみると、子育てをしている女性が極端に少ない気がします。いや、実は子育てをしているのだけれど、それを前面に出すことなく(あるいは隠しつつ)働いているのかもしれない……そんな疑問を持っていたら、ONTOMO編集部から、子育て中の女性に集まってもらって座談会をしませんか、というお話をもらいました。

クラシックの世界では「子ども向けコンサート」が盛んに開かれ、「若い世代にクラシックを好きになってもらおう」というのは業界全体の急務だと思いますが、実際に子どもを産み育てている側の話があまりにも聞こえてきません。

そんな現状を打破すべく(?)4人の業界レディと音楽之友社の女性編集者たちが立ち上がりました。

というわけで、まずは登場人物を紹介。( )内は子どもの年齢と性別です。

「妊娠を隠して仕事をしていました」

メゾソプラノ 鳥木弥生さん(小4・男)

藤原歌劇団員として、またメゾソプラノのトップランナーとして幅広い活躍をしている鳥木弥生さんは、妊娠8ヶ月まで周囲に妊娠を隠して仕事をしていたそうです。出産後は、楽屋で授乳しながら舞台に立っていたというツワモノ。今も、家族やシッターさんの協力が頼めないときには息子さんを連れて劇場に出かけているそう。小4の息子さんは「楽屋は俺のゲームセンター」だと思っているとか、いないとか。

「楽団始まって以来、初の産休取得者でした」

ミューザ川崎シンフォニーホール・広報 前田明子さん(小6・女、小3・女)

第一子を妊娠したときには、東京都交響楽団の事務局に勤務していた前田明子さん。都響の歴史始まって以来、事務局では初の産休取得者で、ご本人も周囲もとまどいがあったそうです。第二子誕生後に東日本大震災が起き、職場と自宅が離れていることに不安を感じ、ミューザ川崎に転職。現在は、職場に子育て中のママも多い環境。

「職場の制度や周囲の理解も必要です」

日本フィルハーモニー交響楽団・広報 杉山綾子さん(高3・男、小3・女)

ベンチャーのレコード会社のたった3人のクラシック事業部で激務をこなしている最中に、第一子を妊娠。自分が担当してきたアーティストを他の人に引き継ぐとき、不安でたまらなかったという杉山綾子さんは、音楽業界の「働くママ」の開拓者ともいえる存在。その後、独立してフリーになり、また会社を作ったりするも、いったん子育てに専念すべく音楽業界から身を引きます(その間わずか3ヶ月)。日本フィルで働き始めてから第二子を出産、これは日本フィルの事務所としては12年ぶりの妊娠・出産だったそう。

後列左から2人目が司会とレポートを担当した室田尚子さん。音楽之友社からは、出版部教科書課の茶畠(前列右)、出版部楽譜課の山本(前列中央)、吹奏楽の専門誌「バンドジャーナル」編集部の上林(後列右)、そしてONTOMO編集部の和田(撮影)の4名が出席。

産休? 育休? ナニそれ、美味しいの?

音楽之友社は、今50~60歳ぐらいになる世代でも産休・育休を取っていたそうで、現在はまた正社員向けに制度が再整備され、子育てをしながら働いている女性が増えているそうです。

しかし、演奏家やライター、評論家は完全フリーランス。また企業に属している人でも、嘱託や事業委託のスタイルで働いている人がとても多い。制度はなく、休めば休んだだけ収入は減ってしまいます。そんな中で妊娠・出産をして働くのはとても難しいのでは……。

室田:私はフリーランスなので、出産して保育園に子どもを入れるまで、ここで休んだらもう仕事をもらえなくなるんじゃないか、と不安でした。

杉山:音楽業界の仕事はどれもとても専門性が高いので、仕事がうまくいっているときほど休みにくいですよね。例えば「35歳以上は高齢出産」と言われても、30代こそ仕事がわかってきて一番充実している時期だし、そこで出産をして休んで、というのは勇気もいるし、職場の理解も必要だと思います。

鳥木:実は子どもが欲しいと思っていても、ロールモデルがないとなかなか踏み切れない。私は、子どもを連れてどんどん現場に行くんですが、それを見た若い歌手の人たちが「子ども産んでもいいんだ」と思ってくれているみたいで、最近子どもを産む人が増えてきた気がします。

前田:産んだあとの支援はどうですか? 私は、まったく実家に頼れなかったので、コンサートホール近くの託児所は全部調べ上げました。

鳥木:演奏家は夜や土日に仕事がありますから、どうしても実家の支援やシッターさんは必要になります。あと、うちは夫もフリーランスなので、仕事を持って稽古場に来て、赤ん坊を抱っこしながらパソコン打ったりしていました(笑)。

室田:フリーランス同士のカップルだと、都内の公立保育園にはまずは入れませんし、かといって無認可の保育園やシッターを頼むと、びっくりするほどお金がかかる。だから子どもを持つ人が少ないというところもあるのかな、と。

子どもと音楽、出会いが大切

そんなふうに苦労して子どもを育てながら、音楽を仕事にしている人たち。自分の子どもにも音楽の英才教育を施しているに違いない、と思われるかもしれませんが、子どもと音楽との関わりは一筋縄ではいかないようです。

杉山:親が音楽の仕事をしているからといって、押し付けてもダメなんですよね。4歳ぐらいまでは選択肢を作ってあげたいですが、その後の好き嫌いは、親がどうにかできるものではないです。

前田:出会いが大事ですよね。ミューザ川崎シンフォニーホールのオルガニストの人に、なぜオルガニストになろうと思ったのかを質問したことがあるんです。その人は、子どもの頃、近所にコンサートホールができてオルガン体験会が開催されて、初めてオルガンに触った。そのとき「大きなおもちゃだ!」と思ったんですって。そういう「初めての出会い」を準備するのも、親の役割だなと思いました。

杉山:私は、ある日ふと「息子にはチェロが似合うんじゃないかな」と思いついて、体験チェロ教室に連れていったら、それまでゲームばっかりで他のものには見向きもしなかった息子が続けると言いだしたんです。やりたいならやればというスタンスでいたら、レッスンに1人で行くようになって。強制してもダメなんだなと実感しました。

和田:みなさん、演奏会には小さいうちから連れていってるんでしょうか。うちは男子2人なので集中が続かず、途中で動き始めたりしてしまうので、どうしても行きづらくて……。

室田:息子には保育園の頃からピアノを習わせたんですが、まったく興味を持たないので、結局やめてしまいました。ところが最近になって、親が音楽関係の仕事をしていることがわかってきたらしく、オペラに連れていってくれと言い出して。 で、何回か連れていったら、オペラに行くための服を買ってくれと言うんです。大人がオシャレをしているのに自分は普段着なのはダメだと思ったらしいんですね。ある程度の年齢になって、そういうふうにいろいろわかってからのほうが、音楽と幸福な出会いができるのかなと思いました。

杉山:そうなるまでに、音楽に対する拒絶感を持たせないようにすることも大事ですね。ある程度騒いでも「うるさい」と言われないようなコンサートに連れていくとか。

前田:最初は、生の音楽を聴いて「楽しいね」でいいのかもしれません。コンサートが「音楽のマナー講座」になってしまうと、子どもは音楽そのものを嫌いになってしまうのではないでしょうか。

子ども向けコンサートとの付き合い方

今、巷には「子ども向け」と銘打ったコンサートがたくさん開かれています。杉山さんが務める日本フィルでは、3月に行なわれる「春休みオーケストラ探検」は0歳から、「夏休みコンサートは4歳から、と年齢制限を設けているそうです。

杉山:0歳からのコンサートは、親が聴きたいものを子どもに付き合ってもらう、というぐらいの気持ちで行くのがいいと思います。親が楽しめるものに行くのが大前提。親が夢中になっているのを子どもは見て、「これは面白いのかも」と思うんです。だから、コンサートがお行儀指導のためのものになってしまうと、子どもにとっては辛いだけです。

前田:うちのホールでは全4回のモーツァルト・マチネを開催しているんですが、あるとき「ハフナー・セレナーデ」全曲を演奏した回があって、そこに小学生のお子さんを連れてきた方がいたんですね。大人でも全部聴き通すのは大変なのに……と思っていたら、指揮の高関健さんが「これはお祝いのための音楽で、真面目に客席に座って聴くような曲ではありません。私たちも今日は会話をしながらやるので、皆さんもリラックスして聴いてください」とおっしゃったんです。その言葉で、客席は終始リラックスしたムードで、中には指揮の真似をする子どももいたんですが、まったくクレームが来ませんでした。

鳥木:好き嫌いはあるにせよ、この曲はこういうものだ、という知識を与えていくのは大事ですよね。

杉山:子どもをコンサートに連れていくときには、事前に会場でしてはいけないことを話したり、「特別な場所に行く」というワクワク感を子どもと共有するのも大切だと思います。

上林:うちは事前に「座ってなくちゃいけない」と言うと「じゃあ行かない」ってなるので、直前までわざと言わなかったり。やはり小さい子どもをコンサートに連れていくのには工夫が必要ですね。

中高生とクラシック

室田:子どもがクラシックに触れる場所として、学校の音楽の授業がありますが、教科書を作っている部署にいる茶畠さんにぜひ、そのあたりの工夫や悩みが伺えたらと。

茶畠:教科書だと、どうしても体系的にクラシックを学ぶことが中心になりますが、好きな曲のアンケートを取ってみると、鑑賞の授業の定番ではない作曲家の名前が上がるんですね。例えば、ショスタコーヴィチ、ブラームスなどが人気です。そういう乖離があるのが悩みどころです。

前田:以前、子ども向けコンサートでショスタコーヴィチの交響曲第10番の第2楽章がプログラムされたことがあります。難しいのではと不安でしたが、子どもたちはノリノリでした! 聴いて面白い曲と、学ぶ曲が違うのはつまらないですね。

室田:実際のコンサートでも、小さい子ども向けは充実しているけれど、その次の段階、例えば、中高生に何を聴かせたらいいのかというところは盲点になっている気がします。

鳥木:恋愛を始める頃なので、オペラをドーンと!

一同:(爆笑)

山本:中学生の息子がオーケストラの音楽にハマり始めたのは、「ドラゴンクエスト」がきっかけでした。新日本フィルの「ドラクエ・コンサート」に行って、初めて生のオーケストラの音のすごさに感動していました。

前田:ゲーム音楽は人気があります。チケットは売り切れになることも多いし、ゲーム音楽のコンサートでのホール利用も増えています。

室田:ゲームが好きで音楽を聴きにいった子どもが、その後クラシック・ファンになるというルートはあるんでしょうか。

前田:あると思います。ファンを増やすには、どれだけ広い網を広げるか、だと思うんです。クラシックの網は小さいですが、ゲームだと相当大きな網になるので、例えば、そこで1パーセントの人がまたコンサートに行こうと思ったとしても数が違う。これは、都響でドラクエコンサートをやっているときに痛感したことです。実際に、ゲーム音楽のコンサートに来た人が、その後オーケストラの定期会員になったという例もあります。

室田:じゃあ、みんなゲームのコンサートをやればいいのでは!?

杉山:オーケストラはそこに「ベト7(註:ベートーヴェンの交響曲第7番)入れてみようかな」とかいうヨコシマな思いが入っちゃう(笑)。

前田:ゲームが好きな人には、それはダメなんですよ。製作者が「ゲーム音楽を入れればお客は来るだろう」という考えだと、すぐにバレます。ちゃんとゲームを愛している人に作ってほしいんです。愛が大事。

みなさん、子育てに苦労しながらも、愛する音楽と愛する子どものために奮闘している様子が伝わってきたでしょうか。

まだまだ続く「子育て×音楽」座談会。次回もお楽しみに!

司会&レポート
室田尚子
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室田尚子 音楽ライター

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京医科歯科大学非常勤講師。オペラを中心に雑誌やWEB、書籍などで文筆活動を展開するほか、社会人講座やカルチャーセンターの講...

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