3.11震災の日、エル・システマジャパンが伝えたこと

歌世界をカラダ中で表現するパフォーミング・アーツ「手歌」を共創する東京ホワイトハンドコーラスの試み

レポート
2018.04.11

聴覚障がいの子どもたちを中心に、2017年から継続的に活動する「東京ホワイトハンドコーラス」。聴くものである音楽を使ったパフォーマンスを、どのように創り上げていくのか。この活動を、東京芸術劇場、トット基金と共に無償で提供しているエル・システマジャパンが、障がいの有無にかかわらず参加できるようにするため、どのようなしくみをつくっているのか。その答えを探しに練習にお邪魔した。

取材・文
和田響子 ONTOMO編集長
和田響子
取材・文
和田響子 ONTOMO編集長
埼玉県狭山市出身。DTPや自転車の専門誌の編集部を経て、音楽之友社に入社。現在、編集部Web企画編集室でWebマガジン「ONTOMO」とオンラインショップ「ONTOM...

エル・システマジャパンにとって大事な日に

 東日本大震災の翌2012年に誕生したエル・システマジャパンが、福島県相馬市や大槌町ではじめた「誰もが参加できるオーケストラ」。その5年後に始動した「東京ホワイトハンドコーラス」は、エル・システマ発祥の地、ベネズエラとの交流によって生まれた活動だ。聴覚障がいや発声に困難を抱える子どもたちを中心に、合唱とともに、白い手袋をして歌の世界をパフォーマンスで表現する。こちらも無償で誰もが参加できるものとして、今年2年目を迎えた。

 筆者が訪れたのは、2018年3月11日(日)に行なわれた東京・池袋にある東京芸術劇場での練習。

 エル・システマジャパンの代表、菊川穣さんへのインタビューで「耳が聞こえない子どもだけではなく、視覚など他の障がいを抱える子どもたちにも広げていきたい」というホワイトハンドの展望を聞き、それをどのような道筋で実現していくのか、興味をもったのだ。果たして、どんなパフォーマンスなのか、どのように創り上げているのか。

エル・システマジャパンの代表、菊川穣さん

 震災からちょうど7年目のこの日、2時間の練習の前半で、震災を体験していない子どもたちにも、東北で大きな地震や津波に襲われたこと、その復興の中でエル・システマが被災地で果たした役割、どのようにホワイトハンドの活動が東京でスタートしたのかを伝える時間が設けられた。そして、一同黙祷。

5歳から高校3年生までが練習に参加。震災の記憶がある高校3年生が、この日に大きな地震と津波があったことを手話で伝える。
震災から復興する中で、日本でエル・システマがどんな活動をしてきたか、ビデオで改めて紹介。

 震災時にみんなを救って犠牲になった消防団への祈りとして、昨年のフェスティバルで発表したモーツァルト《アヴェ・ヴェルム・コルプス》を改めて演じる。この曲は、教会音楽家であったモーツァルトが晩年、キリストへの感謝をラテン語の歌詞で綴り作曲した賛美歌だ。

手話と口話法を使って

 さて、練習は手話を中心に進められる。ただし、学校で手話を習っておらず、口の動きから会話を読み取る「口話法」だけで生活している子どもや筆者のように、手話がわからない人も参加している。手話は横から見るとわかりづらいということと、口話法は遠く離れると読み取りづらいとのことから、今期2回目となるこの日は、席の位置を修正してから練習がスタート。

 指導するのは、ベネズエラ生まれ、日本の大学で「聴覚障がいの子どもと音楽」を研究したというソプラノ歌手のコロンえりかさんと、「日本ろう者劇団」の代表代行を務め、TVの手話講座や手話指導に携わったことのある井崎哲也先生。会話は随時、手話通訳者が入っていた。

 

手歌を困難を乗り越える力に

 エル・システマは、創設者のアブレウ博士が唱えた「Tocar, Cantar y luchar」(奏で、 歌い、闘え!)を大事に参加者に伝えている。ホワイトハンドにとっては、手話が表現のための楽器となり、自分たちの思いを伝える手段、困難を乗り越える力になること、これまでも歌詞を手話にする「手話歌」(しゅわうた)はあったけれど、ここでは歌詞から発想した歌世界を新しい形で表現する「手歌」(しゅか)をみんなで創っていこうと呼びかける。

 ここで参加者が自己紹介。「好きな本やアニメなどの主人公」をお題にして順番に前に出る。一緒にパフォーマンスをつくっていく仲間のことを知り、共感したり驚いたりしながら徐々に場が和んでいく。

「Tocar, Cantar y luchar」(奏で、 歌い、闘え!)の精神を伝える指導者、コロンえりかさん。
井崎先生によると、劇の世界でも「手話劇」ではなく「視覚演劇」という表現が新たに生まれているそうだ。

共創し自己肯定感を育む

 その後、前回の宿題であった、手話にすると長くなってしまう「エル・システマ」、「ホワイトハンドコーラス」、「手歌」をどう表現するか、意見を出し合う時間へ。ヴァイオリンや歌などの活動を表現したり、「エル」や「ホワイト」などの言葉を形づくったり、切り口もさまざま、手を挙げて発表していく。

 後半では、新たに取り組む歌《上を向いて歩こう》の歌詞を読んでいき、前回話し合った「涙がこぼれないように 思い出す春の日♪」に続き、今回は「思い出す夏の日♪」から、どんな人が何を思い出して涙をこらえているのか、子どもたちに想像を促す。

 

「飼っていた鳥が逃げてしまって、会えない悲しさから涙が出そうになるが、いつかきっと会えると思ってこらえている」、「種を蒔いたが芽が出ずに悔しかった」、「夏バテして辛かった」など、叙情的な感性やかわいらしい発想に、指導するコロンさんも共感したり感心した様子。

 最初は少し緊張していた子どもたちも、コロンさんや井崎先生の否定せずに温かく受け入れてくれる楽しい雰囲気づくりに、心の扉がオープンに。最後には、どの子どもも前に出て発表できるようになっていた。さらに、続いて「思い出す秋の日♪」から連想するワードなども出し合いながら、次回までの宿題が出される。

 相馬子どもオーケストラでは、楽器を指導するフェロー(ボランティア)が現地で活躍しているが、ホワイトハンドはまだ募集中。この日は手話のできる6人が見学に来ていた。12月の「エル・システマ・フェスティバル」に向けて、参加する子どもたちが増えたり、手歌のパフォーマンスを仕上げていくなかで、フェローの存在は欠かせないものになるだろう。

 子どもたち演者が共創して演じる喜びは、毎回の練習からも得られているだろうと感じた。さらに、最終的にステージで発表して聴衆と共有する喜びが得られたときに、自己肯定感や自信、エル・システマが目指す「生き抜く力」が、きっと身につくはずだ。この日、子どもたちの受容されて安心感が得られている表情やキラキラした目の輝きを見て、そう確信した。

 誰もが平等に音楽活動の機会を得られるエル・システマは、自宅や学校以外のコミュニティ、育ちの場として、私たちの地域にも来てほしいと思える有意義なものだ。活動を継続し、さらに発展させるために、どのように工夫し支援を受けていくのか。ONTOMOでは引き続き注目して取材をしていきたい。

動画は、2017年12月、エル・システマ フェスティバル 2017のエル・システマ ガラコンサート(東京芸術劇場)での子どもたちのアンコール演奏。井上道義さん指揮で、「フェローオーケストラ」、障害をもちながらもプロとして活躍するベネズエラの音楽集団「ララ・ソモス」、「相馬子どもコーラス」と《アヴェ・ヴェルム・コルプス》を共演した。
編集:泉邦昭、撮影:株式会社arayz、録音:下山幸一

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