近藤 譲の唯一のオペラ『羽衣』が サントリー音楽賞受賞記念コンサートで日本初演
サントリー芸術財団が、1969年の創設以来、日本の洋楽発展にもっとも顕著な功績のあった個人または団体に贈呈してきた「サントリー音楽賞」。その第55回(2023年度)受賞者に、作曲家・音楽評論家の近藤譲が選ばれた。来る8月28日(木)、サントリーホール大ホールで受賞記念コンサートが開催され、近藤譲の唯一のオペラ『羽衣』が日本初演される(演奏会形式で舞踊付の上演)。
東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
幻想的な羽衣伝説の世界
近藤譲の唯一のオペラ『羽衣』は1994年に作曲され、イタリアのフィレンツェ五月音楽祭の委嘱、ロバート・ウィルソンの演出によって初演されたもの。
フィレンツェ五月音楽祭が「日本をテーマにしたハーフイブニングオペラ(約1時間の短いオペラ)」を、古典能と現代能をテクストにして上演することを企画。古典能は『羽衣』、現代能は三島由紀夫の『近代能楽集』から『班女』が選ばれた。『班女』はイタリアの作曲家マルチェッロ・パンニが担当し、『羽衣』はロバート・ウィルソンの推薦により、近藤が作曲することになった。台本は作曲家自らが担当し、世阿弥の原文から核となる部分を抽出して構成されている。
駿河の三保の松原で、伯陵という漁師が松の枝に掛かった美しい羽衣を見つけ、家宝にしようと持ち帰ろうとすると、天に帰るために羽衣が必要だと嘆く天女が現れ、返してほしいと訴える。漁師は、最後は聞き入れないが、天女の悲しむ姿に心を動かされ、天上の舞を見せてもらうことを条件に羽衣を返すことにする。羽衣をまとった天女は、三保の松原の春の美しさを賛美しながら優雅に舞い、やがて富士山の方へ舞い上がり、霧の中に姿を消していった。
作品の創作過程では、ロバート・ウィルソンが空間の設計を行ない、近藤が決められた各時間枠に収まるように作曲する、という手法がとられた。近藤の作曲スタイルは「紙の上の即興」であり、特定のシステムや原則を持たず、時間をかけて一音一音を選んでいく形をとる。そのスタイルとは相いれないように思われるが、近藤は以前から映画などの劇伴音楽を多く手がけており、時間的な制約の中で音楽を作り上げることに大きな困難はなかったという。
近藤によればこの作品は、もとになった能の『羽衣』の物語がひじょうに単純であるため、ドラマをオペラ化したというよりは、「叙情的な情景」といった性格をもつ。イタリアでの初演時も、日本語での上演だったが字幕は一切出されず、観客には物語の概要を記したパンフレットが配られたのみ。それほどに抽象的で、情景と空間を感じてくれればいいという考えによって作られた。
1947年生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。ロックフェラー財団やブリティッシュ・カウンシルの招きで米国、英国に滞在。ハーバード大学、イーストマン音楽院、ケルン大学、ハンブルク音楽大学ほか、欧米の多数の大学で講演や講師、客員教授などを務め、ガウデアムス国際作曲コンクール、芥川作曲賞、武満徹作曲賞などの作曲コンクールの審査員も務めた。パリの秋、ハダースフィールド国際音楽祭、タングルウッド音楽祭、コンポージアム(東京)など、国内外の音楽祭で特集が組まれている。1980~1991年、現代音楽アンサンブル「ムジカ・プラクティカ」音楽監督。作品は、オペラ、オーケストラ、室内楽、独奏曲、合唱、電子音楽など広範におよぶ。1991年尾高賞、2005年中島健蔵音楽賞、2018年芸術選奨文部科学大臣賞、2024年サントリー音楽賞を受賞。2012年アメリカ芸術・文学アカデミー外国人名誉会員(終身)に、2024年文化功労者に選ばれた。エリザベト音楽大学、お茶の水女子大学、東京藝術大学などで教鞭をとり、現在は昭和音楽大学教授、お茶の水女子大学名誉教授。日本現代音楽協会理事。主な著書に、『線の音楽』、『聴く人』、『ものがたり西洋音楽史』(毎日出版文化賞特別賞)がある。
特異な配役はロバート・ウィルソンのアイデア
ロバート・ウィルソンのアイデアにより、ステージ上の主要な配役はすべて女性が演じる。天女はダンサーが踊り、漁師の白陵はメゾソプラノ、ナレーターも女性だ。興味深いのは、歌は全役を白陵役のメゾソプラノが担当し、語りは全役をナレーターが担当する点。これによって、視覚的な要素と聴覚的な要素の間に意図的なずれが生み出されている。
また、(囃子方が舞台上にいる)能を彷彿とさせるように、ソロ・フルートがオーケストラから離れてステージ上に配置される。これは、ピットの中にいて見えないオーケストラと、ステージ上のフルートの掛け合いを活用して作曲するという近藤のアイデアによるもの。ただし、舞台上に能の要素のようなものは「多分感じられないと思う」(近藤)。
『羽衣』は欧州で高く評価され、ロンドンのアビーロードスタジオで演奏会形式の録音も残されており、各所から上演が熱望されていた。この機会にぜひ、海外でもっとも著名な日本の作曲家の、モニュメンタルな作品世界を体感したい。
日時: 2025年8月28日(木)19:30開演 *休憩なし
会場:サントリーホール 大ホール
曲目
近藤 譲:
『接骨木(にわとこ)の3つの歌』(1995)
オペラ『羽衣』(1994)[日本初演・演奏会形式(舞踊付)]
出演
指揮:ピエール=アンドレ・ヴァラド
メゾ・ソプラノ:加納悦子
舞踊:厚木三杏
ナレーター:塩田朋子
フルート:多久潤一朗
読売日本交響楽団
女声合唱団 暁 合唱指揮:西川竜太
チケット:S席9,900円 A席7,700円 U25席2,200円
詳細はこちら
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オペラ『羽衣』日本初演の機会にあわせて、作曲家・近藤譲のドキュメンタリー映画も上映される。
『A SHAPE OF TIME – the composer Jo Kondo』(2016年)
(監督:ヴィオラ・ルシェ/ハウケ・ハーダー、約100分、日本語字幕付)
日時:8月28日(木) 17:00開始 18:50終了予定
会場:ブルーローズ(小ホール)
全席自由
一般席1,000 U25席500
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