「サントリー1万人の第九」のレッスンに参加してみた。初心者がすべき練習方法とは?
毎年12月の恒例イベント、佐渡裕の指揮による大阪城ホールでの「サントリー1万人の第九」。8月から始まったレッスンに、大阪在住の大学4年生ナビゲーター、桒田萌さんが潜入ルポ!
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
第九のメッセージは現代人の心にも響く
音楽の喜びとは、時に人と人との絆を確認するものなのかもしれない。時代が進んでも、なおなくならない争い、災害。人間同士のつながりが試されている今こそ、人々は「第九」、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を歌うべきなのではないだろうか。
「すべての人々は兄弟となる」。ドイツの詩人シラーが残した、まるでユートピアを目指すかのような言葉。ベートーヴェンもそんな世界を目指したのかもしれないし、今でも第九が歌い継がれているのは、人々が心のどこかで不変の平和を熱望しているからなのかもしれない。
毎年12月、大阪城ホールで「サントリー1万人の第九」が開催されている。日本国内だけでも数え切れないほどの第九のコンサートが開かれているなか、このイベントはもっとも規模が大きいのではないだろうか。1万人もの人々が「みな兄弟だ」「この口づけを、全世界に!」と声を合わす感動、心から溢れる音楽の喜びたるや。
その感動を味わうべく、イベントに参加する1万人は、12月の本番に至るまでに、8月からしっかりとレッスンを受講してステージに臨む。「第九って難しそう……」「合唱は未経験です」「外国語って発音できるのかしら」、そう不安がっていた人も皆、万全の状態でステージに立てるようになる。
その成長の過程、レッスンの様子を、レポートする。
自分のライフスタイルに「第九」を取り入れる
「1万人の第九」は、42ものクラスが開講されている。近畿圏はもちろん、北は北海道、南は沖縄まで、東京、宮城、愛知、福岡でも開講。
曜日や時間はさまざまで、初心者もしくは経験者クラス、25歳以下推奨クラスなど、第九経験や年齢・ライフスタイルに合わせて、自分の希望のクラスを選択して応募できる。
筆者が聴講したのは、梅田Aクラス。練習が行なわれる火曜日の19時〜21時、仕事や学校終わりとみられる人々が多く集う。
講師は加藤かおり先生。練習始めから「私は決して甘やかしません!」と話す姿に、受講者は姿勢をピンと正す。
「本番まで、12回しかお稽古がありません。1週間に1回、残りの6日間は自分で練習すること。ピアノやヴァイオリンを弾ける人は、各自で音を取りましょう。それができない人は、通勤・通学中にパート別CDを聴くこと!」
日本語とドイツ語の違いに奮闘
第九の歌詞は、日本語でもなく、英語でもなく、ドイツ語。「1万人の第九」専用の楽譜の歌詞ページにカタカナのルビが記されているものの、やはり100%忠実に発音する上で限界があるそう。
「アクセントの位置や、日本語にはないような発音、たくさん慣れないことがあると思います。とにかく、耳で覚えてください」
Freude, schöner Götterfunken,
Fロイデ/シェーナー/ゲッターフンケン
・
Tochter aus Elysium
トchター/アウs/エリューズィウm (ここのchはオの口で喉の奥に息を当て、ホの様な音)
・
Wir/betreten/feuertrunken
ヴィァ/べtレーテン/フォィアーtルンケン
・
Himmlische,/dein/Heiligtum!
ヒンmリッシェ/ダイン/ハイリchトゥm(ここのgはch(ヒの子音だけ)で発音する)
・
Deine/Zauber/binden/wieder,
ダイネ/ツァウバー/ビンデン/ヴィーダー
・
Was/die/Mode/streng/geteilt;
ヴァs/ディー/モーデ/shtレング/ゲタイルt (ここのstは「シュトゥ」の母音が無い発音)
・
Alle/Menschen/werden/Brüder,
アlレ/メンシェン/ヴェrデン/bリューダー
・
Wo/dein/sanfter/Flügel/weilt.
ヴォー/ダイン/ザンfター/fリューゲl/ヴァイlt
この発音を紹介した声楽家・升島唯博さんの記事はこちら
実際に発音練習をしてみると、単語ごとに先生からのご指摘が。これがなかなか大変で、難しい。そこで、筆者なりに大切にしたいドイツ語のポイントをまとめた。
1. 舌巻き
ドイツ語では、母音の前に「r」がついている場合、舌を巻く。例えば「Freude(フロイデ)」であれば、文字にすれば「フロロロロイデ」。これが苦手な人は案外多く、加藤先生も「高校生の頃、たくさん舌巻きを練習した」という。
2. 子音の発音
英語と同じアルファベットを使用しているとはいえ、日本人には慣れない発音が多い。
例えば、母音の前にある「w」。例えば「wi」は、「ウィ」ではなく「ヴィ」と濁る。
同じく母音の前にある「s」。「Siegen」は「ズィーゲン」と濁る。
3. 無声音
ドイツ語には、声を発さない子音がある。「auch(アウホ)」の「ch(ホ)」、「gab(ガープ)」の「b(プ)」。どちらも声を出さず、息や唇の振動で発音。だけどそれだけでは聞こえないため、腹筋を使って発音することがポイント。
4. ウムラウト
ドイツ語には、見慣れない母音がある。「ö」「ü」と、文字の上に小さな点が付いている。これは「ウムラウト」といい、日本人が通常使わない発音を要する。
「ö」は、「オ」の口を作ったまま、「エ」と発音。「ü」は、「ウ」の口の形を作ったまま、「イ」と発音。慣れるまでに時間が必要。
先生は何度も、単語の意味を理解する大切さを呼びかけた。「『優しい』と意を成す単語をきつく歌わない」、「不定冠詞の単語は強調しない」など。そのためには、旋律に詩をのせる前に、まずは詩だけを読む自主練習が欠かせない。
体と息を整え、発声
コーラス部分の歌詞をひととおり読み終えたあと、いよいよ発声!
まずは準備運動から。全員で右を向き、目の前の人の肩を揉みほぐす。
「肩甲骨、これは天使の羽。ここによって良い声が決まるんですよ!」
右に左に向きを変えて、隣の人の肩を揉みほぐす。
周りの人との触れ合いによって会場全体の雰囲気がほぐれたのちに、発声に向けて息の出し方を練習。
「スッスッスー、スッスッスー」
腹筋を使いながら息を吐き切る。これを何度も繰り返す。
少し慣れてきたら、次はテンポと回数をアップ。
「スッスッスッスッスー、スッスッスッスッスー」
多くの受講者が息を吐くことに疲れてきたのか、息の出が遅くなり、向きも降下気味になってくるのを見計らい、加藤先生がアドバイスをする。
「今のところ、みなさんの息はすべて地面に落下しています。クラシック音楽では、歌にマイクは用いません。空間が広い方に向かって、上へ上へ吐き出すんです。息を天井に向かわせましょう」
いよいよ第九の練習へ
歌う準備が整うと、いよいよ「第九」の作品練習へ。ラスボスのごとく待ち構えている作品を目前にして、参加者は気合十分!
「初心者が多いかと思うので、歌詞は入れません。音に『マーマー』とつけて、歌いましょう」
「フロイデ!」と高らかに歌いたい気持ちを抑えつつ、改めて声を出していく。「喜びの歌」の有名なメロディは、歌詞を言えなくても、やはり歌えると嬉しい。ソプラノ、アルト、テノール、バス、とパートごとに丁寧に音取りをしていく。
「今日は初心者の方が多いから、皆さんあまり慣れていませんね。だからとっても遅れている。会場はとっても広いから、ゆっくり歌っていると音楽が進みません。私が立っている舞台まで、オンタイムで音を届けてください」
最後は全員で合唱。加藤先生は突然「その場で行進のように足踏みをしてみましょう」と指示をし、第九のビートを体に叩き込む。
今後、「マーマー」から歌詞へとランクアップして歌うために、加藤先生から1つ練習法が提示された。
「歌詞を、音程なしで、本来のリズム通りに言えるようにしてみましょう」
先生は、「だーいね、つぁーうべる、ゔぃんでん、びーでる」と、お経のように例を示す。音程はないが、リズムはきっちり。これをクリアすることで、音にしていくハードルが下がるのだろう。
加藤先生から、次回のレッスンに向けて宿題が与えられた。
「楽譜に、たくさんメモを取ってきてください。単語ごとの発語、意味。そして歌詞の文章の対訳。たくさん楽譜に書き込んでくださいね。それがみなさんの財産になりますから」
歌の練習には、段階的な練習が必須!
1. 詩の意味や発音を理解する
2. 音程なしで詩を歌う。ただし、リズム通りに(お経のように!)
3. 言葉をリズム・旋律にのせ、歌にする
次回につづく
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