フランス全土でお祝い中! コメディ・センスで虜にするオッフェンバック上演の今、そしてこれから
オッフェンバックという名前をきいて、どんな曲を思い浮べるでしょうか?
運動会の徒競走BGMの定番「天国と地獄」、オペラ好きにとっても《ホフマン物語》。パッと出てくるのはこれくらいかもしれません。20世紀のヨーロッパにおいても、状況はあまり変わりませんでした。
しかし、長いあいだ不遇のときを過ごしたオッフェンバック作品が今、フランスで大人気! 2019年6月20日の200歳のアニバーサリーを前に、知られざる作品が続々と上演されているのです。
パリ在住の音楽ライター、ヴィクトリア岡田さんがフランス各地の公演レポートを交えつつ、なぜ今「オッフェンバック」なのかを読み解きます!
神戸生まれ。パリ・ソルボンヌ大学で音楽学博士号を取得。テーマは「1870年〜1914年 フランス・ヨーロッパの舞台芸術におけるジャポニスム」。2005年より演奏会レポ...
今年生誕200年を迎える「オペレッタ王」ジャック・オッフェンバック。これまで年末年始や7月14日の祝日(日本ではパリ祭と呼ばれる)などにお祭り気分を盛り上げるために上演されてきた彼の作品は長年、「安易で、芸術性に欠ける二流作品」と見なされることが多かったが、ここ30年ほどのあいだに評価は随分と変わってきた。最近はオッフェンバック・ルネサンスとも捉えられる盛況ぶりだが、その鍵は何だろう? ここ数年の動向をふまえながら見てみよう。
右: 1871年刊行の風刺雑誌「デア・フロー」から。ヨハン・シュトラウス2世とオッフェンバック
今、フランス人たちが夢中!? 現代人の感覚にもマッチするコメディ・センス
人気の鍵として、まずあげられるのは会話場面のセリフ。どの作品も初演当時の身近な表現で、社会や政権を笑い飛ばし、誰にでも楽しめるものだった。しかし、100年以上前のジョークは現在では意味が通らないものもあるため、現代風に一部を書き換えることが普通に行なわれている。
特に、政治好きのフランス人らしく、政治時事を風刺したものが好まれるようだ。
1861年以来初の再演として、12月にストラスブールで上演され話題を呼んだ《バルクフ》は、独裁政権の権力者の留守中、なんと犬が国のトップに任命されて騒動が起こるという破天荒なテーマ。権力者が国を離れる「テレビニュース」のアナウンサーの声が流れ、また大きな犬小屋の前で「どこにも漏れないように小声で」犬を追放する陰謀を練る場面では、「政府要人」たちが現在の実在の政治家の仮面を被って登場し、喝采を浴びた。
次に斬新で現代的な演出。1950年代風のレトロ色が漂うものから、団体旅行、会社のオフィス、セレブの放蕩、テレビ番組風、学芸会風と、何でもござれだ。
ナンシーの国立ロレーヌ・オペラの《美しきエレーヌ》(昨12月)では、やはり独裁政権下で、秘密工作員パーリスが極秘のミッションを命じられる。その名も「宿命の女」ミッション。絶世の美女エレーヌを誘惑し、誘拐するのだ。エレーヌの侍女はリアリティ番組で有名になった、少々おバカな若い女性を模している。また腐敗した王たちはギリシャのリゾート地で金を湯水のように使ってバカンスを楽しむ。
2015年にリヨン国立オペラで上演された《ニンジン王》(これも政治風刺だ)では、クーデタを起こして政権を握る野菜たちの衣装が見事にリアル。
ボルドー国立オペラの《ラ・ぺリコール》(昨9月)のような、キャバレー風またはモード雑誌から出てきたような合唱団員のいでたちは、よく使われる手法だ。年代の異なる観客の誰もが実際に経験したような場面や、どこかで見たような人物が、誇張され非現実さを交えて面白おかしく表現されているのを見るのは、よい鬱憤ばらしになるのではないだろうか。
研究者たちの努力で続々と蘇えるオッフェンバックの音楽
さて、フランスでは、1950〜60年代に始まったバロック音楽のピリオド演奏(作曲された当時の楽器・奏法を用いて演奏するスタイル)のアプローチが、1990年代頃から古典派やロマン派にも大きく波及し、演奏や楽譜に対する新しい姿勢が生まれてきた。フランスオペラはとくに重要な再認識の対象となり、忘れられていた作品が次々と上演されている。オッフェンバックは間違いなく、その流れの恩恵を受けている作曲家の一人だ。日本でも人気のマルク・ミンコフスキ指揮、ローラン・ペリー演出のコンビによって1990年代終わりから立て続けに上演された《美しきエレーヌ》《地獄のオルフェ(天国と地獄)》《ジェロルスタン女大公殿下》がこれに火をつけた。
ミンコフスキ指揮《地獄のオルフェ》1997年リヨン歌劇場におけるプロダクションから「ハエの二重唱」
オッフェンバックは根っからの劇場人間で、観客の反応によって次の日にはアリアを挿入・削除したり、オケパートを書き換えたりしたため、各作品におびただしい数のバージョンが残っている。しかしそれは、オケ全体の楽譜である総譜ではなく、各楽器のパート譜や、ピアノと歌のみの断片などが多く、その上、競売にかけられ世界各地に散乱したものも少なからずあり、専門家の頭痛の種となっている。
そんな中で最近、子孫の一家族にこれまで知られていなかった自筆譜や手紙などが保存されていることが明らかになり、現在、専門家がこれら資料の研究に当たっている。膨大な手稿や断片は、クリティーク・エディション(批判校訂版)と呼ばれる、現時点での最高の音楽学的検証を施した楽譜として、徐々に、しかし確実に出版されつつある。
これから築かれるオッフェンバック演奏の歴史
このような研究の成果をふまえた上演も、これまでになく盛んになってきた。
2018年後半のフランスだけでも、トゥールで《ラインの妖精》、ボルドーで《ラ・ペリコール》、ストラスブールで《バルクフ》、ナンシーで《美しきエレーヌ》、そして今年初めにはモンペリエで《ファンタジオ》が上演されている。今年上半期にはリヨンで《青髭》が、パリで《マダム・ファヴァール》と《ペロニーラ師》が、さらに各地で1幕ものの作品が再演・上演される。
生誕200年を祝って、故郷のドイツ(生地はケルン近郊)でも《ニンジン王》《ブラバントのジュヌヴィエーヴ》など数々の作品が舞台にかかる。初めて聞くようなこれらのタイトルを見ただけでも、これまでと様相が変わってきているのがわかるだろう。
《ファンタジオ》2017年オペラ・コミック劇場/パリ・シャトレ劇場での初演時から抜粋。和平のために敵国の会ったことのない王子と結婚しなければならなくなった王女を慰め、楽しませる道化のファンタジオを描く。
オッフェンバック上演の難しさは、会話、歌の両方でフランス語のテキストをリズムよく、明瞭に発音しつつ、流れるような演奏を実現することだ。ここ20年ほどのあいだにその重要性が見直されて現場で広く深く浸透し、素晴らしいフランス語で歌い話せるフランス語圏の歌手が陸続と現れているのも、最高級の上演が可能となっている鍵だ。歌唱面でも、フランスオペラは独自の発声が求められることが多く、若い世代の歌手はその訓練を学生時代から受けて育ち、これをすでに自分のものとしていることも大きい。
アーティスト側からのアプローチと、学術的アプローチが相乗効果をなし、今やオッフェンバックは「軽いオペレッタ作曲家」ではなく「フランスオペラの代表」の一人と考えられ始めているのである。
《ニンジン王》2015年リヨンオペラでの初演時の様子。
下記のリンクから、リヨンオペラで上演された《ニンジン王》の全編が2019年1月26日から2月2日限定で無料視聴可能。
Le Roi Carotte d’Offenbach à l’Opéra de Lyon
収録: 2015年12月23日(2時間20分)
演出: ローラン・ペリー
演奏: ヴィクトル・アヴィア指揮/リヨン国立歌劇場管弦楽団
ジュリー・ブーリアンヌ(ロバン=リュロン役)/ヤン・ブーロン(フリードラン24世役)/クリストフ・モルターニュ(ニンジン王役)ほか
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