レポート
2022.02.18
サントリーホールとの青少年プログラムをレポート

中高生がウィーン・フィルの生演奏を体験! ムーティが実演と熱い言葉で語りかける

1956年の初来日以来、サントリーホールは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を主催してきました。近年、毎年秋に開催される「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン」では、通常の公演に加え、無料公開リハーサルやマスタークラスなども企画されています。今回は、中高生向けの青少年プログラムを取材し、マエストロが自らの言葉で中高生に語りかけた様子をレポートします!

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 ONTOMO編集者

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

指揮者リッカルド・ムーティの解説を交えて演奏するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。
写真提供:サントリーホール

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世界最高峰の演奏とマエストロの熱い言葉で構成される青少年プログラム

20211111日に、サントリーホール&ウィーン・フィルの青少年プログラムが開催された。中高生を対象にしたこのプログラムでは、来日中の指揮者リッカルド・ムーティが自ら演奏曲目を解説し、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が実演する。

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若い聴衆や音楽家を大切にしているウィーン・フィルが、ツアープログラムの中から最適な曲目を選び、サントリーホールとともに内容を決定している。今回は、メンデルスゾーン作曲「交響曲第4番《イタリア》」が取り上げられた。

メンデルスゾーン:交響曲第4番《イタリア》
リッカルド・ムーティ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

このプログラムでは、中高生の参加者にとって有意義になるよう、本公演とは別のわかりやすい解説を各校に事前に配布し、それを前提に話す内容を考えているという。

サントリーホールの企画担当者のお話によると、これまでもマエストロたちが若い聴衆に語りかける熱いメッセージは非常に心に刺さる内容で、例えば、前回の指揮者ゲルギエフ氏は「今の時代はいつでもスマホ片手に音楽を聴けるが、ぜひ皆さんには生の音楽に触れてほしい」と語っていたという。今回はどのようなメッセージが届けられたのだろうか。

「ウィーン・フィルの音は世界遺産」

マエストロ・ムーティはマイクを片手に舞台に現れた。団員たちは私服を着ており、カジュアルで和やかな雰囲気だ。

「若い方々が聴きにきてくれて嬉しい。偉大なオーケストラの音楽をここで聴いてくれて嬉しい。ゆっくりお楽しみいただきたいと思います」と、中高生の来場を歓迎した。

ウィーン・フィルは単なる偉大なオケではありません。伝統的なスタイルを守っています。ただ歴史があるというだけでなく、その中にある伝統を守り続けているのです。その自然な音、血が通った音を聴いてほしいと思います。この音は、ヨーロッパのさまざまな文化をふまえてできた音だということを体感してほしい。ウィーン・フィルの音は、世界遺産なのです。

 

音楽は芸術であって、政治ではありません。そして、絵画や彫刻は目で見ることができますが、音楽は見えません。そのぶん、精神的ということです。音楽芸術は、それぞれの違った世界の人に通じる言語。今日のプログラムだけでも、メンデルスゾーンはドイツ人、演奏はオーストリア人、私はイタリア人、そして、日本の若い人たちが聴く。それだけで多くの世界があります。音楽には、民族をつなげてひとつにする力があります。音楽とは、調和であり、美しさであり、友情なのです。

マイクを片手に力のこもった言葉を届けるムーティ。

実演つきでわかりやすく伝えるマエストロ

そして、第1楽章の冒頭を演奏してからムーティの解説が始まった。クラシック音楽になじみのない人も含む中高生に、マエストロはどのようなアプローチを見せるのだろうか。

メンデルスゾーンは北ドイツの出身で、細かくイタリアを解説するのではなく、印象を表しています。イタリアの光、色、香りを表現しています。

 

第1楽章のヴィヴァーチェは、ただ速いだけでなく、人生を謳歌している響きです。イタリア的なリズムで、太陽が輝いています。

 

第2楽章は、アンダンテ・コン・モート。アンダンテには「前に進んでいく」という意味も含まれていて、「コン・モート」はそこにちょっと動きを加えます。南イタリアで復活祭の前に見られる、吹奏楽の葬送行進曲にあわせた行列の様子です

 

第3楽章では、再び光が見えます。地中海特有の雰囲気です。「コン・モート・モデラート」なので、あまり大きな動きではありませんし、ただ動くだけでもありません。ナポリの海、花、窓からの景色……海に面したバルコニーのようです。途中のクラリネットは、遠くの田舎から語りかけてくるようです。

第1楽章からそれぞれ、テンポや情景について説明し、指揮して演奏を聴かせた。

第3楽章の解説のあと、ムーティは「もう一度聴いてみて!」と再びオーケストラに向かって右手を挙げた。具体的な解説の直後に、該当箇所をウィーン・フィルの生演奏で聴いて確認することができる、なんとも贅沢な瞬間であった。

第4楽章はサルタレッロという舞曲。毒蜘蛛に刺されて痛くてのたうちまわる様子を表したタランテラの親戚ですね。タランテラは悲劇的で、痛くて嫌なことから逃れようという不思議な力をもつ舞曲ですが、サルタレッロはその逆で、喜びにあふれて解放されています。サルターレというのはイタリア語で「飛び跳ねる」という意味です。

ここではなんと、マエストロが舞台上でぴょんぴょん飛び跳ねて、サルターレを実演して見せてくれた。

そして、第1楽章から第4楽章まで通して演奏を聴く機会を与えてくれた。

最後に「素晴らしい演奏をしてくれたオーケストラに感謝」と拍手を送って締めくくり、アンコールのヴェルディ《運命の力》序曲を「イタリアの気持ちをたくさん込めて」披露した。最後の1音の響きがなくなるまで、ホール内はいい緊張感に包まれ、中高生が集中して夢中になって耳を傾けていたことが伝わってきた。

本物の音に触れることの大切さ

終演後、来場した高校生に感想を尋ねた。芸術鑑賞教室の一環で参加しており、引率の先生は「本物に触れてほしいと思いました。また、歴史などとつながりがあるから、これからの授業にも関連して取り上げられることがあるのではないか」と、今回の参加について意欲的な姿勢でいらした。

吹奏楽部をこの秋に引退したばかりという4人の生徒さんたちが語ってくれた感想は、一言ひとことが豊かな感受性で輝いていた。

  • 吹奏楽部でフルートを演奏していました。息の使い方からして全然違ってすごかった。あんなに高い音は出せないし、重低音が響くし。聴きながらフルートをずっと追っていた。9月に引退したけど、久しぶりに楽器を吹きたくなりました。

 

  • 曲の合間に音が止まった瞬間、なんの物音もしなくて飲み込まれる感じが印象的でした。演奏する前はラフな様子だったのに、演奏し始めた瞬間からは一体感があって驚きました。音が小さいところはみんな小さいし、それでも細かいフレーズが客席まで届くのが素晴らしかった。

 

  • YouTubeでイタリアを聴いて予習してきたけど、イヤフォンから聴くのと実際に生で聴くのは全然違った。

 

  • 呼吸を合わせて吹いている感じを見て、自分もそうやればよかったと思ったし、今後も楽器を続けていくなかで実践したいと思いました。サントリーホールに初めて来られたのもよかったです。

自分が演奏した楽器に注目したり、会場の雰囲気を楽しんだり、それぞれが目いっぱい吸収してきたことが伝わってきた。そしてなにより、会場で生の音を聴いたからこそ、舞台上の楽団員たちの様子や演奏中の雄弁な沈黙まで感じ取ったのだ。

私服で登場した楽団員たちは、マエストロの登壇前には業務連絡なども行なっていた。和気あいあいとした雰囲気で彼らの素顔が垣間見られた。

ムーティの解説が喚起した、メンデルスゾーンが描いたイタリア

このプログラムの特徴のひとつは、マエストロの解説を聞いたうえで鑑賞すること。ただ素晴らしい演奏を堪能するだけではなく、ムーティが自らの言葉で1楽章ずつ紹介したことで、彼らの感じ方にはどのような影響があったのだろう。

  • 第3楽章でトランペットやホルンが演奏したあとに、フルートやヴァイオリンがゆったりと入ってきて、私も「青空できれいな朝がきたな」と情景が思い浮かびました。

 

  • イタリアに行ったことがあるわけではないけど、音を聴いて情景を思い浮かべることができた。これから楽器をやるうえで、自分がいろいろなものを見て、生かせたら、ムーティが言っていたことが実感できるのかなと思った。

 

  • 解説を聴く前だったら、音楽でしか受け取れなかったと思うけど、解説を聞くことで、景色が浮かんできてすごいなと思いました。第3楽章は今回初めて聴いて好きになって、ヴァイオリンの一体感がすごくいいと思いました。

異口同音、「イタリアの情景が思い浮かんだ」と話してくれた。音楽は抽象芸術であるがゆえに、敬遠されてしまうこともあるだろう。しかし、今回のプログラムが“メンデルスゾーンによるイタリアのスケッチ”であったことによって、興味をもったり理解を深める糸口となる貴重な機会となった。さらに、ムーティが言葉を添えて、彼らの脳裏にもウィーン・フィルが描くイタリアの情景がしっかりと浮かび上がったのだ。

マエストロの言葉も演奏も中高生にダイレクトに届き、かけがえのない体験となっていた。

取材・文
三木鞠花
取材・文
三木鞠花 ONTOMO編集者

フランス文学科卒業後、大学院で19世紀フランスにおける音楽と文学の相関関係に着目して研究を進める。専門はベルリオーズ。幼い頃から楽器演奏(ヴァイオリン、ピアノ、パイプ...

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