連載
2025.03.28
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 34

ボブ・ディランのフォーク・リヴァイヴァル時代を描いた映画『名もなき者』にまったく飽きることなく引き込まれた

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2025年3月号に掲載されたものです。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

公開中の映画『名もなき者/ A COMPLETE UNKNOWN 』
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

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ディランのことを 知らない人が見ても 十分引きつけられる映画

2025年2月28日に映画『名もなき者』が公開されました。原題 A Complete Unknown はボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞からとったもので、この映画はディランがニューヨークに現れる1960年から、1965年のニューポート・フォーク・フェスティヴァルでエレキ・ギターを弾いて物議を醸す事件までを描いています。記録映画ではありません。ティモシー・シャラメが若きディランを見事に演じています。

ディランを演じた主演のティモシー・シャラメ
2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
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ディランにまつわる映画がこれまでにもいろいろありました。ドキュメンタリーでは1965年のヨーロッパ・ツアーを撮ったドン・ペネベイカーの『ドント・ルック・バック』(1967)と2005年にマーティン・スコーセシが手がけた『ノー・ディレクション・ホーム』が有名です。

劇映画では2007年のトッド・ヘインズ監督の作品『アイム・ノット・ゼア』はケイト・ブランシェットを含む6人の俳優がディランを演じ分けることでそうとう話題になりました。またディランがデビューした60年代初頭のグレニッジュ・ヴィレッジのフォーク・シーンを舞台にしたコエン兄弟の『インサイド・ルイン・デイヴィス』(2013)もあります。

どれも興味深い作品ばかりで、『名もなき者』を見る前にある程度この辺の知識を持つとより楽しめると思いますが、仮にまったくボブ・ディランのことを知らない人が見ても十分引きつけられる作品です。

フォーク・リヴァイヴァル時代 運命的な ピート・シーガーとの出逢い

舞台はやはりフォーク・リヴァイヴァルです。50年代から少しずつフォーク・ミュージックの人気が、主に都会の大学生などのインテリ層のあいだで高まっていました。さまざまなフォークとブルーズのレコードを聴いて、あの時代ではかなり詳しかった19歳のディランは、彼がもっとも憧れていたウディ・ガスリーに会うために、ハンチントン病を患っているウディが入院しているニュー・ジャージーの病院まで出かけます。その病室で、もはや声すら発せないウディを見舞っているピート・シーガーと出会います。

ピート・シーガーは当時のフォーク・リヴァイヴァルの主役でした。ウディ・ガスリーと共に虐げられた労働者を支援するための活動をしたり、社会主義的な世界観を持った彼は50年代の「赤狩り」のころにはメインストリームのメディアから締め出しを食らったのですが、バンジョーを弾きながら上品に歌う彼の姿からはとても脅威の人間とは思えません。フォーク関係者から幅広く尊敬されるこのピート・シーガーは、それこそ名もなきボブが病室で、ウディに捧げた自作の曲「ソング・フォー・ウディ」を歌うと、すぐに彼の素質を感じ、最初から応援者のひとりになります。

ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートン
2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

「時の人」となったボブの 負の側面や悩みを描く

『名もなき者』では事実関係がいろいろと変わっています。ディランのことを詳しく知っている方には気になるところがあるかもしれませんが、彼の初期だけ描いているにもかかわらず、あまりにも語るべきことが多いので、一本の映画にまとめるためにはやむを得ないことです。それでも2時間20分ある作品で、まったく飽きることなく引き込まれていきます。

ぼくが改めて感心したことのひとつは、ディランの成長ぶりでした。1962年にデビュー・アルバムを発表しますが、その中にはオリジナル曲が、「ソング・フォー・ウディ」を含む2曲だけあります。それ以外は古いフォークやブルーズの曲ばかりで、当時それほど話題にもならず、売れ行きもさっぱりでした。しかし、その翌年に彼が作る『The Freewheelin’ Bob Dylan』は全曲オリジナル、しかも「Blowin’ In The Wind」をはじめ、びっくりするほどの名曲揃いです。

ぼくが初めてボブ・ディランを聴いたのはこのアルバムで、64年に入ってからでしたが、まだ13歳にもならない自分が凄まじく影響を受ける作品でした。デビュー作の方はだいぶ後になって聴いたものですが、その間のたった1年に何が起きたかについて、この映画を観るまであまり意識することはありませんでした。しかし、画面で見ると感情的な衝撃が強く、ジェイムズ・マンゴールド監督の手腕を感じさせます。

『Freewheelin’』のジャケット写真でディランと腕を組んで雪道を歩くガールフレンドは政治意識が強く、人種差別反対の活動にも関わっていました。映画の中で彼女の名前が実際とは違っていますが、彼女との関係、またディランより先にフォーク界の大スターとなっていたジョーン・バエズとの関係がリアルに描かれていて、ディランのいいかげんなところも隠されていません。面白いことに本人と脚本作りの段階から相談していたらしく、事実だけにこだわらない辺りは、もともと自分の正体をぼかしてきた彼らしいとも言えます。

たちまち「時の人」となるボブには、有名になることの負の側面が痛いほど襲いかかってきます。彼の悩みも映画で手に取るように伝わってきます。後半ではニューポート・フォーク・フェスティヴァルのことが肝心ですが、このフェスの1963、64、65年のディラン出演部分をまとめたブルーレイ『The Other Side Of The Mirror』が昨年末に発売されています。

また『名もなき者』の原作となっている本があります。イライジャ・ウォルドが2015年に書いた「Dylan Goes Electric」、日本語訳では『ボブ・ディラン 裏切りの夏』として発売中です。フォーク・リヴァイヴァル、ピート・シーガー、ボブ・ディラン、ニューポート、そしてそれらがどのように関わり合っていたかを事細かに記したとても面白い本です。『名もなき者』を映画として味わった後にじっくりと読めばたいへん参考になると思います。

2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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