アニー・ブラウン~ゴスペルとソウルの古典的スタイルを守るレジェンドの軌跡
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2025年7月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
いまだに現役の活動を 続けているメイヴィス・ステイプルズ
本格的なソウル・ミュージックの時代からいまだに現役の活動を続けているメイヴィス・ステイプルズは現在85歳で、今年3月に久しぶりの来日を果たし、まったく衰えない素晴らしい歌を聴かせてくれました。
デビューは1950年代の前半、ポップスの愛称で呼ばれていたお父さんローバック・ステイプルズが率いる家族のゴスペル・グループ、ザ・ステイプル・シンガーズの一員としてでした。メイヴィスはまだ11歳なのに、彼女の太くて低い声はすでに大人の説得力を持っていたのです。最初は宗教的な内容の歌だけをレパートリーにしていたステイプル・シンガーズは、お父さんがマーティン・ルーサー・キング牧師と仲がよかったこともあって、次第にゴスペル以外の曲も取り上げるようになっていきました。
60年代後半からソウルの最先端にあったメンフィスのスタックス・レコードと契約すると、ポップスのギターだけの伴奏の代わりに、ファンキーなバンド演奏を使ったメッセージ性の強い曲で大ヒットを連発した時期がありました。ゴスペル界では画期的な存在で、その影響は当時気づかれなかったところに及んでいたのです。
ステイプル・シンガーズ全盛の時代に頭角を現したアニー・ブラウン
2019年に「The Time For Peace Is Now」というタイトルのコンピレイション・アルバムが発表されました。ステイプル・シンガーズの人気がピークに達した70年代半ば前後に、アメリカ南部で地道に活動していたゴスペル・グループによる録音ばかりで、どれも地元のレーベルで数百枚しか出回らなかったシングル盤で発売された曲でした。
こういう音楽のマニアックなコレクターがコンピレイションを作らなければ知られないままになっていたのですが、このアルバムは意外なほど面白かったです。ゴスペルと言っても、70年代のステイプル・シンガーズと同様にいわゆるメッセージ・ソウルといえる内容の曲が多く、その中にはステイプルズ・ジュニア・シンガーズというグループの曲もありました。
露骨に影響を受けていることをグループ名で宣言することはアメリカではかなり珍しいことです。いかにも地元だけの限定的な活動であることを示唆するものですが、このグループのリード・ヴォーカルを担当するアニー・ブラウンはデビューしたころのメイヴィス・ステイプルズとあまり変わらない年齢でした。
アニーが高校生になるころにはグループ名をザ・ブラウンズに変更し、アニーと3人の兄弟という編成でミシシピ州の片田舎でセミ・プロのバンド活動を続けていました。ブラウンズのあるライヴを観にきたウィリー・コールドウェルも自分の兄弟とともに似たような家族バンドを営んでいたのですが、彼と結婚したアニーは悩んだ末にブラウンズを離れてウィリーが住む町で新たな生活を始めることになります。アニーとウィリーには5人の子どもができ、ギタリストのウィリーと一緒に2人の息子がベイスとドラムズ、そして3人の娘がバック・ヴォーカルを担当します。アニー・アンド・ザ・コールドウェルズとなってもう30年が経つそうで、音楽の活動に並行してアニーは自分たちと同じ教会に通う女性たちのために服を作る会社も経営しています。
「The Time For Peace Is Now」に話を戻すと、その選曲をしたLA在住のイギリス人DJグレッグ・ベルスンが選んだステイプルズ・ジュニア・シンガーズの曲が注目され、彼女たちが1975年に自主制作で作り、おもに玄関先で売りさばいていたというアルバム「When Do We Get Paid」はあらたにコンピレイションと同じLuaka Bop(1980年代終盤にデイヴィッド・バーンが設立に関わったレーベル)から発売されました。
これも評判となり、続編の需要に応えるためアニーは兄弟たちとブラウン家の他のメンバーも加えて、久しぶりにステイプルズ・ジュニア・シンガーズ名義で「Searching」という新作を2024年に出しました。
21世紀のこんな時期にミシシピから本格ソウル・グループが生まれた
アニー・アンド・ザ・コールドウェルズもアルバムを出しています。2013年と2018年にメンフィスのインディ・レーベルからですが、演奏活動はほぼミシシピの地元だったのに2024年にオランダのLe Guess Whoというフェスティヴァルにブッキングされ、その時の短い映像をYouTubeで観ることができます。
そしてこの度新作アルバム「Can’t Lose My(Soul)」を、やはりLuaka Bopから出すことになりました。本拠地ミシシピ州ウェスト・ポイントの小さな教会で録音された6曲はゴスペル特有のヴォーカルの熱さがあり、バックの演奏は1970年代のファンキーなソウルそのままです。
10分以上に及ぶタイトル曲ではゴスペルとソウルの両方の要素が合体して、古典的なスタイルにもかかわらず今の音楽として響くのが不思議です。曲によってビートはディスコに近いグルーヴがあり、実にゴキゲンです。
これまであくまでセミ・プロとしてやってきたアニーは服作り、娘のディーボラは美容師など、彼らは堅気の仕事を持っていて、売れるための妥協は一切していないのですが、数十年活動しているだけの熟練の味わいが濃厚です。
21世紀のこんな時期にミシシピの僻地から、黄金時代のアリーサ・フランクリンとも肩を並べるような本格的なソウル・グループが、この形でいきなり国際的な展開になると、すでにいい年になっている本人たちの生活にどんな変化が起きるか、応援しながら見守りたい気分です。国内でも6月に発売されたので、ぜひ聴いてください。
日程: 2025年10月20日(月)OPEN/18:00 START/19:00
会場: duo MUSIC EXCHANGE(東京都渋谷区道玄坂2-14-8 O-EASTビル 1F)
チケット: スタンディング 前売り:¥7,000(ドリンク代別)
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