——ダ・ポンテとモーツァルトが《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トッテ》を作る過程は舞台の見どころの一つです。海宝さんがこれらのオペラを見たご感想を教えてください。

海宝 モーツァルトとダ・ポンテが作ったオペラは、当時の宮廷の価値観においてはかなりセンセーショナルで挑戦的だったと思います。二人は新しい価値観を表現しようとして、励まし合い、素晴らしい名作を作りました。この3本では、僕はとくに《ドン・ジョヴァンニ》が好きです。あの時代に、あそこまで人間の心理を掘り下げたドラマを描くことは挑戦だったと思いますし、現代性を感じるんです。

モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》

——モーツァルト役の平間壮一さんとのタッグはいかがですか?

海宝 今回2度目の共演になりますが、すごくピュアで素敵です。壮ちゃん自身もそうなのですが、天才だからこその敏感なセンサーがあって感受性が鋭くて。お芝居をしていて、仲間として楽しいときと、創作の世界にグっと入った瞬間のバランスがすごく魅力的で、それが「バン!」とハマったときは二人で「これだよね!」ってなりますね。

——「音楽劇」であるこの作品の中で、特に思い入れのある楽曲は?

海宝 この作品にはモーツァルトの楽曲やキャラクターの内面を描いた歌を始め、30曲以上の楽曲が登場します。なかでも思い入れがあるのは《ドン・ジョヴァンニ》の曲を生む瞬間に歌う曲です。あの名曲を、自分自身の中に入り込みながら、最終的な極地にたどりつくまで歌っていきます。結構ハイトーンもある難易度の高い曲で、きちんと歌えたら爆発的なエネルギーが生まれるだろうと思いますので、劇場で聴いていただけたら嬉しいですね。

『ダ・ポンテ』歌唱披露イベントより

——ちなみに海宝さんにとってモーツァルトの楽曲の魅力とは?

海宝 そうですね……たくさん有名な楽曲がありますけれど、僕はモーツァルトのすごく整理された優美な美しさが好きなんです。今回の稽古場でも、そんな彼の音楽のすごさを感じています。ダ・ポンテに放っておかれたモーツァルトが、怒りながら優美なピアノ曲を弾くシーンなのですが、あまりに美しく整理されたモーツァルトの音楽が、役者のいらだった感情と合わないんです。今そのすりあわせをしていますけど、これは普段なかなかない悩みです。モーツァルトの楽曲の力を改めて感じました。

——モーツァルトの音楽の完成度と存在感を感じるエピソードですね。ほかにも印象的な体験はありますか?

海宝 《フィガロの結婚》でケルビーノのアリアが誕生するシーンでも、モーツァルトの音楽の素晴らしさを感じました。二人が「その名を“恋”と呼ぶのですか♪」と歌いながら、「そうだよね」「これだよね」といいながら徐々にゾーンにはいっていく。モーツァルトの名曲に誘われながらシーンを作りあげていく過程で、やっぱりこれはミュージカルではなくて音楽劇だと実感しました。音楽と芝居を通してモーツァルトと向き合うのはすごく面白い体験です。

ミュージカルでは音楽の力によってキャラクターの想いにダイレクトに共感できる

——次にミュージカルのお仕事についてうかがいます。ミュージカルの舞台で歌うとき、大切にされていることは?

海宝 歌を話すこと。これは言うは易しなんですけど、一生の課題です。たとえば英語だと、音に単語がのるんですよ。「I LOVE YOU」だったら、「I」「LOVE」「YOU」のすべての言葉が一語ずつ音にのります。でも、日本語の「愛してる」だと、「愛」の次の「し」が単語じゃないので、音にどうのせるかが難しい。かなり繊細に表現しないと、言葉が通じなくなるんです。

作品によって歌い方にも違いがあって。たとえば『ミス・サイゴン』の場合は音楽をセリフのように歌い、ソンドハイムだと一音たりとも崩すことはできません。崩した瞬間に意味がなくなってしまうんです。そんな違いはありますが、共通しているのは、「歌を話すこと」。音を崩さず、“言葉”としてどう歌うのか。ゴールのない課題ですから、永遠に追及していきたいですね。

——7歳のときに劇団四季の『美女と野獣』のチップ役で舞台デビューしてから約25年以上のキャリアをもつ海宝さんですが、挫折した体験はありますか?

海宝 自分の現在までの道のりは、まったく順風満帆ではなかったです。数年前、井上芳雄さんや山崎育三郎さんたちと帝劇の「ザ・ミュージカル・コンサート」に出演させていただいたとき、「アンサンブル」経験者が自分だけだと気づいて愕然としました(笑)。19歳で出演した『ミス・サイゴン』で選ばれたときも、今思うと「プチソロ」(本役にあるソロ歌唱)がなかったので、おそらく本国では「アンダースタディ(代役)」の枠の方が入る役だったかと。

25歳になるまで歌声すら聴いてもらう機会がなかったので、自分の中では沸々としたいろんな思いがありました。その後、2015年の『レ・ミゼラブル』でマリウス役に選んでいただき、『アラジン』に合格したことがいい流れにつながったと思います。

海宝さんが歌う『アラジン』の「A Whole New World」

——現在では、表現力が豊かで“究めた”の歌声が人気のスターですが、歌唱面で転機になった舞台は?

海宝 やっぱり『ノートルダムの鐘』は大きかったですね。僕が演じたカジモドには、いわゆるディズニー・ヒーロー的な曲もあるし、いくらでもヒーローのように歌いあげることができるんです。でもこの舞台では、あくまで自分ではなく役として歌うことや、カジモトは発声に難があるのだからそれをどう表現するかも含めて、改めて芝居として歌うことの大切さを学びました。自分の中で大きな転機になった作品です。

——今後は『ダ・ポンテ』のほかに、『アナスタシア』や『ベートーヴェン』など話題のミュージカルへの出演が続きます。役者として進化を続ける海宝さんにとって、ミュージカルの舞台ならではの魅力は?

海宝 やっぱり音楽の力は大きいと思いますね。たとえば『ノートルダムの鐘』や『ミス・サイゴン』をストレートプレイにしたら、本当につらいと思うんですよ。それは戦時中の実話を描いた『アリージャンス〜忠誠〜』でも感じました。たとえどんなにつらい物語でも、音楽の力を使うと、観る人がキャラクターの想いにダイレクトに共感し、心を開くことができる。そんな音楽のエネルギーを堪能できるのは、ミュージカルの舞台ならではだと思います

公演情報
音楽劇『ダ・ポンテ ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~』

【東京プレビュー公演】
日時: 2023年6月21日(水)~25日(日)
会場: シアター1010

【東京公演】
日時: 2023年7月9日(日)~16日(日)
会場: 東京建物Brilliaホール

【愛知公演】
日時: 2023年6月30日(金)、7月1日(土)
会場: 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

【大阪公演】
日時: 2023年7月20日(木)~7月24日(月)
会場: 新歌舞伎座

出演: 海宝直人、平間壮一、相葉裕樹、井上小百合、田村芽実、青野紗穂、八十田勇一、ほか

作: 大島里美

音楽: 笠松泰洋

演出: 青木 豪

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取材・文
NAOMI YUMIYAMA
取材・文
NAOMI YUMIYAMA ライター、コラムニスト

大学卒業後、フランス留学を経て、『ELLE Japon(エル・ジャポン)』編集部に入社。 映画をメインに、カルチャー記事担当デスクとして勤務した後、2020年フリーに...