ジョゼット夫人を伴ったフランソワの日本滞在は、10月末から12月中旬までの1か月半もの長きに及んだ。

11月10日の日比谷公会堂でのリサイタル後、北海道や新潟をはじめ地方各地でも公演をおこない、12月6日には上田仁(まさし)指揮の東京交響楽団と共演して、プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」とリストの「ピアノ協奏曲第1番」の2曲を演奏。東京では12月2、12、13日の都民劇場公演、10日にも追加の「お別れ演奏会」を開いている。

1956年(昭和31年)11月10日、日比谷公会堂にて演奏するサンソン・フランソワ ©昭和音楽大学 撮影/小原敬司 ※禁転載
サンソン・フランソワ Samson François(1924-1970):フランスのピアニスト。コルトーに認められ,パリ音楽院でロンとフェヴリエに師事。1943年ロン=ティボー・コンクールで優勝後国際的に活躍を始めた。洗練された感覚をもち、ショパン、ドビュッシーなどのすぐれた演奏で絶賛を浴びたが、最円熟期に急逝した


短期間のうちに集中的・効率的にコンサートをおこなう今の慌ただしい来日演奏家たちに比べると、鉄道での移動も大変だったと思われるが、その分滞在も長かった。日本を旅した日々は、フランソワにとってどんな印象を残したのだろう。

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サンソン・フランソワを聴く——プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」(トラック1-3)/リスト「ピアノ協奏曲第1番」(トラック1-4)

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...