ソンドハイムと演出のプリンスが日本に滞在して作品作り

台本はジョン・ワイドマンが担った。『太平洋序曲』がソンドハイムとの初めてのコラボレーションであり、のちに『アサシンズ』(1990)も残している。そのほか、彼は『コンタクト』(2000)の台本も手掛けた。ワイドマンは、2023年の梅田芸術劇場&日生劇場での『太平洋序曲』上演に際して来日し、記者会見で「ハーヴァード大学で東アジア史を専攻したが、『太平洋序曲』の脚本の執筆には4年かかった」と、述べていた。そして今も、2つの新作に取り組んでいると語った。

演出はハロルド・プリンス。1957年に『ウエスト・サイド・ストーリー』のプロデューサーとしてキャリアを築き、ソンドハイム作品では、すでに『カンパニー』(1970)、『フォリーズ』(1971)、『ア・リトル・ライト・ミュージック』(1973)の演出を担っていた。そして、『太平洋序曲』のあとも、『スウィーニー・トッド』(1979)や『メリリー・ウィー・ロール・アロング』(1981)でコラボレーションを続ける。『太平洋序曲』では、歌舞伎の手法を取り入れ、数多くの日系人俳優を使った。なお、ソンドハイムとプリンスはこの作品を創作するために日本に滞在し、歌舞伎などの日本の伝統芸能に触れた。

物語の舞台は、鎖国政策がしかれていた幕末の日本。1853年、ペリー提督を乗せたアメリカの黒船が、浦賀に来航する。筆頭老中の阿部は、浦賀奉行所の下級武士、香山弥左衛門とアメリカから帰国し、鎖国破りの罪でとらわれている漁師・ジョン万次郎にその対応にあたらせ、なんとか無事に黒船を帰国させる。そして、香山は浦賀奉行に、万次郎は武士に出世することとなる。

しかし、その後、イギリス、フランス、オランダ、ロシアの艦隊も開国を迫って、日本にやって来る。そんななか、香山は西洋に傾倒し、アメリカ帰りの万次郎がナショナリズムに進んでいく。

やがて、鎖国から開国へ、日本は天皇の世となり、急速な近代化を遂げていくことになる。

ソンドハイム本人も気に入った宮本亞門演出

日本では、2000年に新国立劇場で宮本亞門演出によって上演された。偶然に来日中で、その公演を見たソンドハイムが非常に気に入り、宮本演出のプロダクションは、2002年7月にニューヨークで、同年9月にワシントンD.C.で上演されるに至った。そして、2004年には、ブロードウェイのスタジオ54で宮本演出によりリバイバルされ、そのプロダクションは、トニー賞4部門(最優秀リバイバル・ミュージカル賞など)でノミネートされた。宮本は、ブロードウェイの劇場で演出を執った初めての日本人となった。

この新国立劇場で上演された宮本亞門のプロダクションを、筆者も、2000年と2002年(再演)に観たが、とても強い印象が残っている。幕末の日本を描きながらも、テーマは現代的。外国人の目を通した日本をあらためて日本人の目を通して描く、表現の強さや作品の普遍性に感心した。とりわけ、日本の近代化を一気に描く「ネクスト」は、原爆投下のシーンを交え、圧倒的であった。

そして、この3月、4月には、東京の日生劇場と大阪の梅田芸術劇場で『太平洋序曲』が上演されている。梅田芸術劇場とロンドンのメニエール劇場の共同制作で、イギリスのマシュー・ホワイトが演出を担う。当事国であるアメリカでも日本でもない、イギリス人演出家によるプロダクション。全体的にシンプルでコンパクトな舞台となっている。たとえば、欧米列強の艦船は、脅威というよりも、戯画的に描かれる。オリジナルは2幕構成であるが、このプロダクションでは、一つにつないでの上演となっている(オリジナルから「菊の花茶」というナンバーがカット)。

ミュージカル『太平洋序曲』の開幕直前会見より。左から脚本のジョン・ワイドマン、香山弥左衛門役の廣瀬友祐・海宝直人(Wキャスト)、ジョン万次郎役のウエンツ瑛士・立石俊樹(Wキャスト)。
写真提供:梅田芸術劇場

代表的なナンバーと聴きどころ

「太平の浮き島」では、米を作り、月を愛で、俳句を作り、茶を嗜む人々が平穏に暮らしていた、太平(洋)の浮き島、日本が紹介される。

「帰り待つ鳥」では、香山がアメリカとの交渉に失敗した時には自決しなければならない、香山の妻、たまての心情が彼女の踊りに合わせて、ワキの2人によってしみじみと歌われる。

「黒い竜が4匹」は、黒船の来航に驚く漁師と盗人と村人たちのナンバー。黒船の威容を描く。

「太平の浮き島」、「帰り待つ鳥」、「黒い竜が4匹」

「ポエム」では、香山と万次郎とが連歌のようなやり取りをしている。俳句や短歌のような短い言葉と音楽とが結びついた実験的かつユーモラスなナンバー。

「ウェルカム・トゥ・神奈川」は、アメリカ兵を客として待つ女将と女郎たちによって歌われる。

「ポエム」、「ウェルカム・トゥ・神奈川」

「木の上に誰か」は、日本とアメリカとの間で秘密裡に行なわれていた大統領の親書の受け渡しの儀式を目撃した3人(老人、少年、武士)が歌う、『太平洋序曲』のなかでもっとも知られているナンバーであり、ソンドハイムがすべての自作の中で一番好んでいたといわれるナンバーである。

「プリーズ・ハロー」では、アメリカ提督に続き、阿部のもとに、イギリス、オランダ、ロシア、フランスの提督が現れ、開国を迫る。

「ボーラ・ハット(山高帽)」では、香山が、英語を学び、ワインを飲み、スピノザを読むという西洋化した自らの生活について歌う。

「木の上に誰か」、「プリーズ・ハロー」、「ボーラ・ハット(山高帽)」

「プリティ・レディ」は、3人のイギリス水兵が日本女性の美しさを歌う、抒情的で美しいナンバー。

「ネクスト」では、開国し、天皇の世となり、近代化を遂げた日本が描かれる。過去を描きながらも、ある意味、未来を見据えたナンバーである。オリジナルでは、トヨタの自動車やセイコーの時計の欧米への進出などが述べられるが、ここでの台詞はいろいろなバージョンが可能であり、宮本亞門は、第二次世界大戦、原子爆弾の投下、日本国憲法などを盛り込んだ。今回のマシュー・ホワイトの演出で日本がどう描かれるかに注目である。

「プリティ・レディ」、「ネクスト」

ミュージカル『太平洋序曲』
公演情報
ミュージカル『太平洋序曲』

【東京公演】
日時:
 2023年3月8日(水)〜29日(水)
会場: 日生劇場

【大阪公演】
日時: 2023年4月8日(土)〜16日(日)
会場: 梅田芸術劇場メインホール

出演: 山本耕史、松下優也/海宝直人、廣瀬友祐/ウエンツ瑛士/立石俊樹、朝海ひかる

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...