読みもの
2023.03.08
音楽ファンのためのミュージカル教室 第30回

ミュージカル『太平洋序曲』〜ソンドハイムが日本近代化の原点として黒船来航を描く

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第30回はミュージカル『太平洋序曲』。2023年3月8日から日生劇場で、4月8日から梅田芸術劇場で上演! 幕末期の日米間の開国交渉を描いた本作で、ソンドハイムが作詞作曲を手がけた音楽の聴きどころを解説します。

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

『太平洋序曲』2023年公演舞台写真より「ポエム」のシーン。左からジョン万次郎(ウエンツ瑛士)、香山弥左衛門(海宝直人)。
写真提供:梅田芸術劇場

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ソンドハイムが作詞作曲を手がけ、トニー賞にノミネート

1976年1月11日、ブロードウェイのウィンター・ガーデン劇場で開幕した『太平洋序曲 Pacific Overtures』は、本連載で前回に取り上げた『シカゴ』(1975年6月開幕)、本連載で前々回に取り上げた『コーラスライン』(1975年4月開幕)とともに、1976年度のトニー賞最優秀ミュージカル作品賞にノミネートされた。

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結果として、最優秀ミュージカル作品賞は『コーラスライン』が受賞したが、スティーヴン・ソンドハイムが作曲と作詞を手掛けた『太平洋序曲』は、彼の代表作の一つとして繰り返し上演されることとになる(結局、『太平洋序曲』は、10部門でノミネートされたトニー賞において、衣装部門と舞台美術部門で賞を獲得した)。

『ウエスト・サイド・ストーリー』の作詞者として一躍注目を集め、その後、『カンパニー』、『フォリーズ』、『ア・リトル・ライト・ミュージック』、『スウィーニー・トッド』、『ジョージの恋人(日曜日に公演でジョージと)』、『イントゥ・ザ・ウッズ』などの名作の作詞・作曲を手掛け、2021年11月に91歳で亡くなったスティーヴン・ソンドハイムについては、本連載第14回の『メリリー・ウィー・ロール・アロング』の稿をご参照ください。

原題のOverturesの意味は「提案」

『Pacific Overtures』は、『太平洋序曲』という邦題が付けられているが、複数形の「Overtures」は、序曲や前奏曲という音楽的な意味よりも、交渉開始や申し入れを意味し、文字通り、幕末期の日米間の交渉開始が描かれている。日本語上演の翻訳を手掛けた橋本邦彦氏によると、『Pacific Overtures』のタイトルは、ペリー提督の『日本遠征記』のなかのPacific(平和的な)Overtures(提案)に由来するという。

ソンドハイムが、ペリー来航と日本の開国をミュージカルのテーマとしたのは、1970年代当時、高度成長期をとげる日本への脅威がバックグラウンドにあったに違いない。つまり、ソンドハイムは、単なる異国趣味ではなく、日本近代化の原点として黒船来航を描いている。音楽的には、邦楽器や日本的な音階も用いられているが、そのナンバーは、言葉を大切にして機知に富み、美しく、ソンドハイムらしいものである。ただし、非常に意欲的かつ挑戦的なミュージカルゆえに、評価は分かれ、上演は約半年で打ち切られた。

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