読みもの
2022.08.23
音楽ファンのためのミュージカル教室 第28回

ダンサーたちの人生を描き歴史に名を残す大ヒット作となった『コーラスライン』

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第28回は、『コーラスライン』制作の背景と代表的なナンバーを解説! オフ・ブロードウェイからブロードウェイに異例の“昇格”、作曲のハムリッシュがピュリッツァー賞を受賞して5冠達成……数々の歴史が生まれた必見の作品です。

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

写真提供:東急文化村
©︎GEKKO

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

12時間にわたるダンサーたちのミーティングを基に作られた『コーラスライン』

『コーラスライン』は、華やかなミュージカルの舞台裏を描く画期的な作品。1975年4月、オフ・ブロードウェイのパブリック・シアターで開幕し、評判が評判を呼び、わずか3ヶ月後にブロードウェイのシューバート劇場に“昇格”。1976年には、ブロードウェイでもっとも権威のあるトニー賞を、最優秀ミュージカル賞をはじめとする9部門で獲得した。

続きを読む

そして、それまでのブロードウェイのロングラン記録(『グリース』の3388回)を更新し、1990年4月まで、約15年間、6137回の公演を続けた。チケット・セールスは2億5千万ドルを超え、ブロードウェイ史上に残る大ヒットとなった。

『コーラスライン』は、演出家で振付家であるマイケル・ベネット(1943~1987)を中心に作られたが、もともとのアイデアは、トニー・スティーヴンスとミション・ピーコックという無名のダンサーによるものであった。

スティーヴンスとピーコックは、プロのダンサーによるレパートリー集団を作りたいと考えていた。そこで声をかけられたベネットもまたダンサーをテーマとしたダンス・ミュージカルを作りたいと思っていた。そして、すでにブロードウェイでは名を知られていたベネットがその企画に乗り、とりあえず、1974年1月、ダンサーたちが集められ、ミーティングがひらかれた。

ダンサーの生活について話し合うはずの場は、ダンサーたちが自分をベネットに売り込むオーディションの場となった。夜を徹したミーティングは、12時間に及び、それは録音されていた。その後も何回かミーティングが録音され、そのときのダンサーたちの身の上話が、『コーラスライン』の脚本の基となった。

写真提供:東急文化村
©︎GEKKO

気鋭の作曲家ハムリッシュは現場に入り即興で作曲することも

1974年の夏の終わりに、ベネットとダンサーたちのワークショップが始まった。そのときにはまだ、脚本も音楽もなかった。開始当初は作品がどのようなものになるかはわからなかったが、ワークショップを通じて作品は形作られていった。そして、ワークショップに参加するダンサーたちには1週間に100ドルの生活費が支払われた。

脚本はジェームズ・カークウッド・ジュニアとニコラス・ダンテ、作詞はエドワード・クレバンが手掛け、音楽は、マーヴィン・ハムリッシュ(1944~2012)が担うことになった。

当時、ハムリッシュは映画『スティング』や映画『追憶』でアカデミー賞を受賞したばかりの気鋭の作曲家だったが、ミュージカルを手掛けるのは初めてだった。彼は、スタッフ、キャストの制作現場に入り込み、即興で曲を作ることもあった。

その後、ハムリッシュは、この『コーラスライン』でトニー賞とピュリッツァー賞を受賞し、そのほかの作品で、グラミー賞、エミー賞も獲得し、5冠を達成することになる。

マーヴィン・ハムリッシュ(1944~2012)
マンハッタン生まれ。5歳からピアノを弾き始め、7歳でジュリアード音楽院プレカレッジに入学。ミュージカル『ファニー・ガール』のリハーサル・ピアニストなどのキャリアを積み、10代から作曲も始める。エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞、ゴールデングローブ賞、ピューリッツァー賞のすべてを授賞したのは、ハムリッシュのほかには『サウンド・オブ・ミュージック』で知られるリチャード・ロジャースしかいない。

オフ・ブロードウェイから“昇格”し、ブロードウェイ史上に残る大ヒット作に

1975年4月からオフ・ブロードウェイのパブリック・シアターで上演されることが決まり、イースト・ヴィレッジにあるパブリック・シアターは160万ドルを借りた。当時の大型ミュージカルの制作費に比べると、一桁違う低予算であった。スタッフ、キャストたちも成功の予感はあっただろうが、本当のところはどうなるかわからないミュージカルであった。しかし、プレビューの反応のすごさで成功は確信された。

『コーラスライン』は、ブロードウェイのある劇場で、最終選考に残った17名からコーラスで踊る8名のダンサーを選ぶオーディションを描くミュージカルであるが、ダンサーの卵の話ではない。既にプロとして活躍しているダンサーたちの物語である。プロフェッショナルたちの人生や葛藤が語られ、描かれている。ゆえに、いろいろな立場の見る者それぞれが、感情移入ができ、共感のできる作品となったのである。

1975年7月、ブロードウェイのシューバート劇場へ公演会場が移された。当時、オフ・ブロードウェイからブロードウェイへの“昇格”は珍しかった。

舞台では、“白人”だけでなく、アフリカ系、プエルトリコ系、アジア系、ユダヤ系、ゲイ、など、ブロードウェイらしい多彩なキャラクターが登場。彼らは、さまざまな挫折を経験しているが、プロとしてのプライドを持ち、全員がダンスへの愛で共通している。

『コーラスライン』は大成功を収めたが、演出・振付のマイケル・ベネットは、1987年7月2日、エイズのため、44歳の若さでこの世を去った。

オリジナル公演を知るバーヨーク・リーが手がける4年ぶりの来日公演

今夏、オーチャードホールで開催されている来日公演は、オリジナル版を踏襲した、2006年のリバイバル版に基づいている。演出、振付、再構成はバーヨーク・リー。彼女は、1975年の初演でコニーを演じ、2006年のリバイバルでは振付の再構成を手掛けた。つまり、『コーラスライン』のオリジナルを知る人。このプロダクションの来日公演は4年ぶりであった。筆者は8月19日の公演を観た。

Bunkamuraオーチャードホール『コーラスライン』スポット映像

さまざまな人種や体型のキャラクターで、適材適所のキャスティングがなされているのは、さすがであり、リアリティがある。ダンサーたちの歌唱のレベルが高く、まさに歌って踊れる役者ぞろい。演出家のザックを演じるハンク・サントスとザックのかつての恋人でブロードウェイで主役を演じたこともあるキャシー役のマギー・バーグマンの存在感が素晴らしい。ザックがダンサーたちに「営業用のスマイルではなく、ダンスが好きというスマイルで」と指示する一言にダンスへの愛を感じた。

アフリカ系アメリカ人のダンサー、リッチー
写真提供:東急文化村
©︎GEKKO

代表的なナンバーと聴きどころ

「手に入れたい、この仕事」(カンパニー)
競争社会であるブロードウェイに生きるダンサーたちの強い意志と不安が歌われる。

以下、オーディションで選考する演出家ザックのリクエストに応えて、それぞれのダンサーが自分について語っていく。

「僕にもできるさ」(マイク)
ときどき姉のダンス教室について行っていたマイクが、ある日、練習を休んだ姉の靴を借りて、ダンス教室のレッスンに参加し、ダンスに開眼したという歌。

「アット・ザ・バレエ」(シーラ、ビビ、マギー)
シーラの母親はバレリーナ。シーラも少女時代からバレエに没頭。今はあと何年踊れるかを自問する。美人に生まれなかったビビは、バレエの練習に明け暮れ、バレエの世界に入る。父母の仲の悪いマギーは、少女時代、バレエだけが逃げ場で、空想の世界で一人で踊っていた。最後は優美なバレエの世界が心の支えだった3人が美しくハモる。

「手に入れたい、この仕事」、「僕にもできるさ」、「アット・ザ・バレエ」

「シング!」 (クリスティン、アル)
舞台経験豊富なアルと極度のあがり症のクリスティンの夫婦のコミカルなナンバー。

「ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー恋」 (カンパニー)
ダンサーたちが自分の思春期を思い出す、甘酸っぱくも愉快な歌。

「ナッシング」 (ディアナ)
ディアナはプエルトリコ系。演劇学校になじめず、何も感じない。先生からは、女優は無理と言われる。しかし、独学で、今や女優になっている。

「シング!」、「ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー恋」、「ナッシング」

「ダンス10点、ルックス3点」(ヴァル)
オーディションに落ちまくっていたヴァルは、採点表に「ダンス10点、ルックス3点」と書かれているのを見てしまい、美容整形を決意。整形によって、オーディションに受かるようになり、彼女の人生は変わった。

「音楽と鏡」(キャシー)
キャシーは、ブロードウェイで主役を演じたこともあるスターだったが、落ちぶれてしまっていた。そして、もう一度、ダンサーとして、ステージに立ちたいと歌う。しかし、かつての恋人である演出家ザックは彼女が役名もつかないコーラスのオーディションを受けるのに反対。ダンス・シーンも含む、長大なナンバー。

「ダンス10点、ルックス3点」、「音楽と鏡」

演出家のジャック
写真提供:東急文化村
©︎GEKKO

「ワン」(カンパニー)
このミュージカルのテーマ曲ともいうべきナンバー。日本では、ビールのCMで使われたため、誰もが耳にしたことがあるに違いない。 その後、ダンスのテクニックを競う群舞「タップ・コンビネーション」につながっていく。

「愛のためにしたこと」(ディアナ、カンパニー)
ディアナ(そして全員)がダンスへの愛を歌う。ミュージカル全体のまとめといえる、ゆったりとしたスケールの大きなナンバー。単独の歌として、ほかの歌手によって何度もカバーされている名曲。

「ワン」(リプライズ)(全員)
ミュージカルのラストを飾る全員でのラインダンス。オーディションを終え、観衆も、ダンサー一人ひとりの人生を知ったあとでは、単なる群舞には見えないであろう。19名の出演者全員がゴールドの衣裳をまとい、トップハットを手に踊り、華麗に締め括られる。

「ワン」、「愛のためにしたこと」、「ワン」(リプライズ)

公演情報
ブロードウェイミュージカル『コーラスライン』

日時: 2022年8月11日(木・祝)〜28日(日)

会場: オーチャードホール

出演: グレイス・アーノルド、マギー・バーグマン、ニック・バーク、コーリー・ベッツ、ギデオン・チコス、ほか

詳しくはこちら

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ