多用されるラフマニノフの音楽

物語を下支えしてきたのは、ドラマチックな音楽の数々だった。オリジナルで書き下ろされた音楽が登場することはもちろん、いくつものクラシック音楽が登場しては、原曲からドラマに合致したアレンジで物語を盛り上げていたのが印象的だった。

例えば、第3話で登場したのはラフマニノフの交響詩《死の島》。バルカ共和国の警察から逃亡するべく、通称死の砂漠=アド砂漠を渡りきり、無事に逃げ切れた……と思いきや最後の最後に警察に見つかってしまうシーンで流れた。

©️TBS

《死の島》は、画家のベックリンによる同名作品に着想を得て書かれた。不気味で鬱蒼とした島に、白いヴェールを被った人物と棺桶を乗せた小船が向かっていく様子を描いた静かな絵画だ。

《死の島》(アルノルト・ベックリン、1883)

交響詩《死の島》では、中世以降発展したグレゴリオ聖歌に収録されている《怒りの日(ディエス・イレ)》の旋律が執拗に引用されている。以前に筆者が執筆した『VIVANT』に関する記事では、ラフマニノフの交響曲第2番第1楽章がドラマの中で使用されていることに触れたが、この交響曲でも《怒りの日(ディエス・イレ)》は引用されている。

「怒りの日」とは、キリスト教における世界の終わりの日のこと。ラフマニノフは、このほかにも自分の作品に何度も《怒りの日(ディエス・イレ)》の旋律を引用した。「世界の終わり」や「死」といった終末論的概念は、ラフマニノフの作品とは切っても切り離せないものであることがわかる。

VIVANT』では、そんなラフマニノフの作品を3つも使用している。愛情の不足や孤独さゆえに自我が2つに分裂し、何度も「世の終わり」のような絶望を味わってきた乃木の状態に、奇しくも合致している。また、直接的には使用されていないが、《ヴォカリーズ》や他の作品から着想を得たのかと思われる旋律が登場しているのも興味深い。