インド発の大ヒットサスペンスが上陸! 垣間見える現代インドのクラシック音楽事情
踊らないのに世界中で大ヒット中のインド映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』が日本上陸。盲目を「装った」ピアニストが巻き込まれるサスペンスドラマのあいまから、インドのクラシック音楽事情が見えてくる?
大学院ではインド関係の研究をしており、インド渡航は数知れず......そして現在はクラシックピアノ関連を中心に大活躍中の音楽ライター高坂はる香さんが紹介してくれました。
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
“本当は見えている”ピアニストが巻き込まれるサスペンス映画
ブラックなユーモアがふんだんに盛り込まれ、どんでん返しがやたらめったら頻発するサスペンス映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』。俳優勢の演技、先の読めない展開に引き込まれ、「一体どこに着地するの」と思っているうちに約2時間20分が経ってしまう。
物語は、本当は見えているのに、盲目を装うピアニストのアーカーシュが、ひょんなことから出会い、恋に落ちた娘ソフィの父のレストランで、ピアノを弾く仕事を得るところから始まる。
序盤はラブコメディ風で、ダンスシーンこそないものの、インド映画らしく、主人公がしばし心情を歌で表現する場面もある。お決まりの、俳優がさりげなく肉体美を披露するくだりも健在である。平和だ。……しかし、それは長く続かない。
彼は、店で知り合った往年の映画スター、プラモードから演奏を依頼され、マンションを訪れる。すると、そこにはプラモードの妻シミーと、不倫相手の男。そして床にはプラモードの死体が転がっていた! 見えないフリを貫き、修羅場を切り抜けたアーカーシュだったが、無関係でいられるはずなく、次々と災難が降りかかる。
原案は、盲目を装う調律師を主人公としたフランスの短編映画『L’Accordeur(The Piano Tuner)』(オリヴァー・トレイナー脚本・監督 日本未公開)。
実際、殺人現場を目撃する場面は、同作を程よくなぞるように作られている。しかしこれを受け継いだインド版は、驚くような展開を見せる。そして、「全世界で興行収入64億円」を記録したわけだ。
サスペンスものだが、悪人たちもみな憎みきれないキャラクターだ。各人が騙し騙され、しかし全員そのツメが甘いことから、優位に立つ人間がコロコロと変わっていく。その中に、富裕層の現金取引の闇、高圧的なインドの警察官のダメっぷり、さらには臓器売買など、社会問題もちりばめられている。
インドでのピアノ/クラシック音楽の受容も垣間見える
さて、ハラハラするストーリーは実際に観ていただく方が良いと思うので、あとはあえて、インドならではの音楽面の細かい話題に着目したいと思う。
元映画スターが住んでいるのは、今インドでも増えている高級タワーマンション。部屋にはカワイのグランドピアノが置かれている。一方、主人公が自分のアパートで練習に励んでいるのは、同じカワイでも電子ピアノだ。
しかしなにより目を引くのは、仕事先のレストランにある、透かし彫りの譜面台がついた少し古そうなピアノである。メーカーは、今はなきロンドンのChappell & Co.。
実はインドには、植民地時代にイギリス人が持ち込んだ楽器が残っていて、意外なところで突然アンティークピアノに出くわすことも多い。例えばムンバイの高級ホテル、タージマハルホテルのロビーにも、「1852年から1872年のあいだに作られた」という但し書きのついたスタインウェイがある。
本作に登場するChappellもそんな1台なのかもしれない。夫を殺したことを隠す妻シミーが何食わぬ顔でレストランを訪れるシーンでは、アーカーシュがこのピアノで、一心不乱に恐ろしげな音楽を弾く。曲はリゲティ作曲の〈悪魔の階段〉ソックリだ。
ジョルジュ・リゲティ: 練習曲第2巻13番〈悪魔の階段〉
また、今インドでは、富裕層の子女のあいだで西洋の楽器を習うことが流行し始めている。ただそれは、主に受験戦争に有利という動機によるもの。長くなるのでここでその話を説明するのはやめておくが、つまり西洋楽器の普及は、一般人がクラシック音楽を聴くようになったためではない。当然、ベートーヴェンもヴィヴァルディも知らない人が圧倒的に多い。
それもあってか、本作の中でも、ここで? という場面で、唐突にベートーヴェンの「運命」が流れたりする。終盤の重要なシーンで、いきなりヴィヴァルディの曲が登場したりもする。そんなインドらしさも含めて、クラシック音楽ファンにとっては突っ込みどころが多く、楽しめる作品だ。
踊らない、現代インド社会を描く
普段インド映画を見ることがなく、そのイメージが大昔の『ムトゥ 踊るマハラジャ』あたりでストップしている方なら、本作を観て、現代インドの若者や富裕層の暮らしぶりに驚くかもしれない。そして、ヒンディー語とインド英語がごちゃ混ぜになった会話に、違和感を覚えるかもしれない。しかし実際、都会の、ある層の人々はまさにこういうスタイルで会話をしている。この映画、ストーリー以外にもインド社会の今を垣間見るという意味で、わりと見どころが多い。
ところで、主人公が盲目のふりをしているのは、その経験により「音楽に磨きがかかる」と考えてのことらしい。問い詰められて、「私は芸術のことしか頭にないバカなんだ」と話す場面がある。
物語の本筋のテーマではないけれど、「障害があることを装う音楽家」というかつてどこかで問題になった題材から、芸術を志す者がその決断に踏み出してしまった心理に思いを巡らせることもできるかもしれない。
ただ、そんな深いことを考える暇がないほどストーリー展開がとにかく忙しいので、心してご覧いただきたい。
11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー!
出演: アーユシュマーン・クラーナー、タブー、ラーティカ・アープテ―
監督: シュリラーム・ラガヴァン
配給: SPACEBOX
原題: Andhadhun
2018年/インド/ヒンディー語/シネスコ/ 5.1ch/138分 cViacom 18 Motion Pictures
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