読みもの
2020.12.01
飯田有抄のフォトエッセイ「暮らしのスキマに」 File.37

「虫かご」と呼ばれるイヤースピーカー~80年超の老舗、スタックスが誇る個性とは

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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薄い振動膜で、やさしく開放的な音を伝える

良い道具というのは、たいていその見た目も美しい。

ときにユニークで個性的な姿形となる場合もあるが、機能美が追求された結果だ。
道具であれども、「佇まい」とでも言いたくなる風情があって、うっとりと眺めたりするのも楽しい。 

虫かご」と呼ばれているイヤースピーカーが、いま私の目の前にある。スタックスのSR-L300だ。スタックスは1938年創業というから、80年以上もの歴史を誇る日本の音響機器メーカー。

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たしかに、子どもの頃に網とセットでも持ち歩いていたあの虫かごに似ている。あれは緑色で、オレンジの透き通ったプラスチックの扉がついていたけど、こちらは黒くて渋くてかっこいい。音楽好きの大人のための「虫かご」。

これはイヤースピーカーなのだ。ヘッドフォンじゃなくて。ここは呼び方にちょっとこだわりたくなるポイント。耳元に置けるスピーカー。耳のすぐそばで、だけど優しく、開放的に音を伝えてくれる道具。

磁気を利用する普通のヘッドフォンとは違って、なんでも静電気の力による繊細な振動によって、自然で伸びやかな音が生み出されるという仕組みらしい。

専用のドライバー・ユニット(SRM-252S)なるもの(つまり専用のヘッドフォンアンプ的なもの)を、プレーヤーとの間に介在させて聴く。580ボルトの電圧によって、信じられないほど薄い振動膜を震わせる仕組みなのだそうだ。すごい!

発売から60年がたち、少しずつバージョンアップしているそうだが、この独特の形状はずっと変わらない。オーディオファンの間では、憧れの「虫かご」として人気を得てきた。

次号「レコード芸術」1月号(12/19発売)のための取材で、オーディオ評論家の山之内正さんのダンディな解説とご指南のもと、このイヤースピーカーを聴くチャンスに恵まれた。その繊細な構造やスペック的なところは、ぜひとも、そちらに掲載される山之内さんのわかりやすい解説を楽しみにしていただきたい。

エントリーモデルSRS-3100を自宅で試聴!

このコラムを書くということで、なんと貸し出し機をお借りできたから、自室でゆっくり聴いてみる。写真も撮ってみる。いいね、フォトジェニックだ。なんともありがたい時間。

取材時には、お気に入りのCDを何点かもちこんで試聴したけれど、自室ではCDクオリティのストリーミング音源やハイレゾ音源を聴いてみたかった。で、聴いてみた。DAPがわりに使っているiPad Proからドライバー・ユニットに接続し、お気に入り音源をチョイス

イヤースピーカーとドライバー・ユニットがセットのエントリーモデル、SRS-3100を自宅で試聴。

たとえばこちら。キレッキレのアレンジと演奏で、楽器そのものの魅力が一つ一つ際立って聴こえるPHILHARMONIXのアルバム。クラリネットの管を抜ける甘い音色、弓と弦とが擦れ合う生々しさを伝える弦楽器、箱鳴りするようなピアノの音色、そういうものが全部聴こえてきて、ニヤニヤしてしまう。

PHILHARMONIX『The Vienna Berlin Music Club』

「レコード芸術」の取材(連載「青春18ディスク」の安田和信さんの回)で知った、ビーバーの「ロザリオのソナタ」の録音は、木製チックなメカ音とでも言いたくなるオルガンの楽音と非楽音の豊かな響きと、真っ直ぐに伸びるヴァイオリンの音色が心地良くて、ずっとずっと聴いてしまう。エンドレスに聴いてしまう。

ハインリヒ・ビーバー「ロザリオのソナタ」

繊細なクラシックはもちろんいいけれど、山之内さんが「ロックなんかもいいんですよ」と言っていた。私はジャズも時々聴くので、大好きなジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマンのアルバムをハイレゾ音源で聴いたら、これまた素晴らしかった。

コルトレーンのサックスも、ハートマンの声も、深く暖かく響くのだが、それぞれの音声の背後にあった微細な残響を発見(発聴!?)し、あまりこの録音では感じたことのなかった空間的な奥行きを堪能できたのであった。それも実に自然な響きで!

ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン『John Coltrane & Johnny Hartman』

音の立ち上がり、伸びやかさ、空間の豊かさ、楽器が発する微細な音楽的ノイズ、そういう何か親密な要素をつぶさに観察(聴察!?)できることこそ、良質なオーディオによる音楽鑑賞の醍醐味であると感じているから、もう本当に、ニヤニヤが止まらない……。

貸出機はイヤースピーカーとドライバー・ユニットがセットになったSRS-3100というエントリークラスのモデルなのだが、何かプレーヤーがあれば、こんなに贅沢な時間が過ごせるんだね。今はスマホでちゃちゃっと音楽を聴くスタイルが便利は便利だし、「オーディオセットはちょっと難しそう…お高そう…重そう……」という人は多いだろう。

けれど、このセットでこんなに本格的で、すぐさま「憧れ」のいい音の世界に飛び込めるなんて、素晴らしいですよ。あの人にも、あの人にも、使ってほしい……と思っちゃう。

ちなみに、「レコード芸術」の取材時には、こちらのハイエンドモデルのイヤースピーカーSR009Sと、真空管を使ったドライバー・ユニットSRM-T8000も試聴させていただきました。

震えました。私の魂が震えました。鼓膜だけでなく……

音色は一層まろやかに、甘く、自然で、豊かに。もはやちょっと官能的。やばい。機材が大きく立派になっても、音はより繊細にインティメイトになってしまうのですよ。とろけます。

私の「いい音ハンター」活動にますます拍車がかかる、素敵な機材との出会いでございました。

飯田有抄
飯田有抄 クラシック音楽ファシリテーター

1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。2008年よりクラシ...

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