2020.04.25
井内美香の「カプリッチョな音楽手帖」 vol.5
極限状態に名ソプラノの歌声が変化をもらたす——映画『ベル・カント とらわれのアリア』
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...
思いもかけぬ災難に遭遇し、囚われの身となった人々。彼らのただ一つの慰めは、オペラ歌手の崇高なる歌声でした。
2019年11月に公開された映画『ベル・カント とらわれのアリア』(原題Bel Canto 2018年制作)は、1996年に起こった在ペルー日本大使公邸占拠事件をベースにしたベストセラー小説『ベル・カント』を映画化したもの。
南米のある小国で、日本人実業家の誕生日を祝うパーティーが副大統領公邸で開かれますが、そこに出席予定だった大統領を狙ったテロ・グループが乱入。人質たちの長い拘束の日々は、やがてオペラ歌手ロクサーヌの歌をきっかけに、人質同士やテロリストたちとの交流の日々に変化していきます。
ヒントとなった現実の事件と、この物語が大きく違うのは、全体をつらぬくモチーフとしてオペラが重要な役割を果たしていることです。ドヴォルザーク《ルサルカ》、プッチーニ《トスカ》などが取り上げられ、人質もテロリストたちも、音楽がもたらす美と癒しの世界に触れることにより、それまでの自分の人生に欠けていたものを見出します。
オペラ歌手ロクサーヌ役のジュリアン・ムーア、実業家ハヤカワ役の渡辺謙、通訳ゲン役の加瀬亮など配役も優れています。
ロクサーヌの歌声の吹き替えを担当したのは、アメリカが生んだ当代随一のソプラノ歌手ルネ・フレミング。非現実的な現実を彩る、ディーヴァの美声が耳に染みます。
サウンドトラックよりルネ・フレミングが歌うドヴォルザーク作曲《ルサルカ》「月に寄せる歌」
井内美香の「カプリッチョな音楽手帖」
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