読みもの
2018.05.10
最先端をいく名門オーケストラ、ベルリン・フィルの「CD」へのこだわり

名門ベルリン・フィルが打ち出す“音楽と物語性”とは?

2018年4月12日、サントリーホールでベルリン・フィルハーモニー独自レーベル、ベルリン・フィル・レコーディングスによる記者会見が開かれた。「CDが売れなくなった」と言われて久しい時代、ベルリン・フィル・レコーディングスは、どのようなビジョンの下にプロダクトを打ち出しているのだろうか。

取材・文
佐々木圭嗣
取材・文
佐々木圭嗣 編集者/ライター

ONTOMO編集部員/ライター。高校卒業後渡米。ニューヨーク市立大学ブルックリン校音楽院卒。趣味は爆音音楽鑑賞と読書(SFと翻訳ものとノンフィクションが好物)。音楽は...

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ベルリン・フィル・レコーディングス記者会見に登壇したオラフ・マニンガー氏とローベルト・ツィンマーマン氏
ベルリン・フィル・レコーディングス記者会見に登壇したオラフ・マニンガー氏とローベルト・ツィンマーマン氏

「ストーリーでモノを売る時代」といわれている。機能性で商品の差別化を図った時代から、デザインで選ぶ時代を経て、いま、そのモノにまつわる“ストーリー”が購買決定の基準になっているというのだ。
そういえば、「生産者の物語」がよく目につくようになった。筆者のような文系人間は、スペック表を突き付けられてあれこれ数字で説明されるより、「どこの誰が、どんなきっかけで商品のアイディアを思いつき、こんな苦労を経て作られた」と言われたほうがしっくりくるし、愛着も沸く。モノを所有することによって生産者の物語を共有したい、という感覚だろうか。モノが溢れる時代だからこそ、ベルトコンベアーに乗せられて次々と送り込まれてくる商品に、人々は興味を失ってしまった。

 

音楽はどうだろうか。
音楽はもちろん、そのものが物語性を持っている。とはいえ、クラシックは歌詞がなく(オペラや歌曲、宗教曲などを除いて)、多くの場合はタイトルすらついていない。作曲家たちの物語は週刊誌のネタになるほどたくさんあるものの、単なる歴史的事実として年表に書かれて終わりだ。18世紀や19世紀のヨーロッパの話に、現代日本の私たちが共感するのもちょっと難しい。

物語性を孕みながらも物語化しづらい「クラシック音楽」に新たな光を当てたのが、世界屈指の名門オーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団だ。

写真提供:サントリーホール
写真提供:サントリーホール

ベルリン・フィルの「物語」を、サントリーホールという場所から見てみよう。
世界的指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンに「音の宝石箱」と言わしめたこのホールは、意外にも慎ましやかな佇まいをしている。地中に潜っているため、入口から見ただけでは内部に2006名を収容できる広大な空間を擁しているとは想像しづらい。

1986年に東京で最初のコンサート専用ホールとして落成されたサントリーホールは、カラヤンと深い関わりをもっている。カラヤンはサントリーホールの設計にあたって、ベルリン・フィルのホームであるベルリン・フィルハーモニーと同じ、ヴィンヤード(ぶどう畑)形式を強く推奨した。ぶどう畑のようにすべての座席がステージ(太陽)を向いており、どこに座っても音の繊細な響きを堪能することができる。カラヤンは模型を用いた音響実験に立ち会ったのみならず、「指揮者が楽屋から舞台まで移動する間に段差が存在しないように」「パイプオルガンを設計時から組み込むように」など詳細に渡って助言を与えたそうだ。
サントリーホールはいわばベルリン・フィルハーモニーの子どもであり、楽団がここを“第二の故郷”と呼ぶのにはそういうわけがある。

2017年、サイモン・ラトル率いるベルリン・フィルがアジアツアーを執り行なった。旅の最終目的地はサントリーホールだ。楽団員たちは、香港、広州、武漢、上海、ソウルのホールを巡ったあと、川崎を経てサントリーホールに辿り着く。

音楽家にとって、コンサートホールは楽器そのものでもある。豊かな響きの実現には、「良く鳴るハコ」が必要不可欠だ。扱い慣れない楽器をも使いこなすのがプロの技であろうが、ホームを思わせる気持ちの良い響きが演奏者をリラックスさせ、キャパシティを最大限に引き出してくれるのもまた事実だろう。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にとって、サントリーホールでの演奏は、異国の地にいながらにしてホームで演奏するような体感を与えてくれるものらしい。

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 © Monika Rittershaus
サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 © Monika Rittershaus

彼らの旅が、音楽に新たな物語を与えた。
2018年5月20日リリース予定の『アジア・ツアー2017~ライヴ・フロム・サントリーホール』がそれだ。このCDには、2017年アジアツアーのハイライト、すなわちサントリーホールでの演奏が丸ごと収録されている。

「アジア・ツアー2017~ライヴ・フロム・サントリーホール」
「アジア・ツアー2017~ライヴ・フロム・サントリーホール」

2017年は、奇しくもベルリン・フィルがカラヤンとともに初来日してから60年。2018年に首席指揮者を退くサイモン・ラトルが行なった、最後のアジアツアーでもある。

ユニークなのは、最初からドキュメンタリー制作を前提としていた点だ。ツアーには撮影班が同行し、彼らの旅を余すことなく活写した。リスナーは彼らの旅の記憶とともに音楽を楽しむことになる。
ともすれば敷居が高く、隙がないともいえるクラシック音楽。その(一見した)完璧さと様式美ゆえに、演奏者はなんだか縁遠い人々に感じられるかもしれない。が、舞台裏や演奏者の素顔を視覚化することによって「物語化」がなされ、“古典”の威光を笠に着ているように思われる音楽が、ヒューマンなものとして現代の私たちの中に息づいてくる。

この試みは、ベルリン・フィル・レコーディングスという独自レーベルを持つベルリン・フィルならではともいえる。またベルリン・フィルは映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」も提供しており、ライブ中継を閲覧できるほか、ハイレゾで演奏を聴くことができる。

ベルリン・フィルは、2008年にも『ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて』というドキュメンタリー映画を発表している。北京から上海、香港、台北、そして東京への旅路を描いた作品だ。
演奏者一人一人にぐっと近寄るカメラワークは、彼らの内面をあぶり出すようだ。文字通り音楽を生業とする彼らの表情は、どんな名優にも真似できないだろう。それぞれ異なる「個人」である人間たちが、オーケストラというひとつの有機体となってハーモニーを生み出す。そのプロセスそのものに物語が存在することを思わせてくれる。

映画が封切られてちょうど10年。アップデートされた彼らの物語を楽しみに、5月20日のリリースを待ちたい。

リリース情報
「アジア・ツアー2017~ライヴ・フロム・サントリーホール」

【演奏演目】
R・シュトラウス:《ドン・ファン》
バルトーク:ピアノ協奏曲第2番
ブラームス:交響曲第4番ホ短調
ストラヴィンスキー:《ペトルーシュカ》(1974年改訂版)
チン・ウンスク:《コロス・コルドン》(財団法人ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団委嘱作品)
ラフマニノフ:交響曲第3番イ短調
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調

サー・サイモン・ラトル(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ユジャ・ワン(ピアノ)
チョ・ソンジン(ピアノ)

録音:2017年11月24日・25日(東京、サントリーホール/ライブ)
2017年11月4日(ベルリン・フィルハーモニー/ライブ)

【映像コンテンツ】
香港、武漢、ソウルにおける同一のプログラムの演奏会全曲映像
ボーナス映像:ドキュメンタリー『ツアー日記、アジアでのベルリン・フィル』(日本語字幕付き)

【ハイレゾ音源】
全曲のハイレゾ音源ダウンロード・コード付き

【商品使用】
レーベル:ベルリン・フィル・レコーディングス
品番:キングインターナショナルKKC-9327/32(輸入盤・国内仕様)
価格:11,000円+税

【発売予定】2018年5月20日

取材・文
佐々木圭嗣
取材・文
佐々木圭嗣 編集者/ライター

ONTOMO編集部員/ライター。高校卒業後渡米。ニューヨーク市立大学ブルックリン校音楽院卒。趣味は爆音音楽鑑賞と読書(SFと翻訳ものとノンフィクションが好物)。音楽は...

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