
資産は4億円超!? ブラームスの堅実すぎる資産形成術【前編】

ブラームスはどのようなお金の使い方をして、資産をどれくらい所有していたのでしょうか。 徹底的に堅実な資産形成をしたブラームスが守りたかったものとは……? お金の話から、ブラームスの生き様が見えてきます。

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール優勝。2025年、第21回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門第2位、古典派交響曲ベスト...
ブラームスの音楽を聴いていると、なんだか「どっしりしている」と感じる瞬間ってありませんか? 時間をかけて積み上げていく交響曲第1番なんて、その象徴のような作品ですよね。その「どっしり感」は、彼の生活にもあったのでしょうか。
1897年4月3日、ブラームスはこの世を去りました。彼が、ウィーンのカールスガッセの自宅に残した遺産目録には、音楽ファンだけでなく、現在の投資家さえも震え上がらせるような数字が記録されています。
18万1473グルデン、79ノイクロイツァー
当時のオーストリア=ハンガリー帝国の通貨であるこの金額、果たしていくらくらいなのでしょうか? 今回は、穴の空いたコートを繕って着続け、安い居酒屋で食事を済ませる日々を送っていた「倹約家ブラームス」の、鉄壁の資産防衛術を紐解きます!
※この記事では、当時の通貨が頻繁に登場します。その際、ドイツ連邦銀行が発表している、歴史的通貨の購買力等価(Kaufkraftäquivalente historischer Beträge in deutschen Währungen)を用いた、日本円への換算も付け加えています。
ですが、当時の金銭感覚も今とは違うものでしょうし、この記事をいつ読まれるかによっても価値は変わってきますので、ざっくりと捉えていただけますと嬉しいです!
借金NG、貯金せよ〜ハンブルクの貧困とお母さんの教え
ブラームスは、最初からお金に余裕のある人ではありませんでした。むしろ、彼が生まれ育ったハンブルクのゲンゲフィアテルは、迷路のように入り組んだ路地に木造家屋が密集する、労働者や職人が多い貧民街でした。父ヤコブは、コントラバス奏者として必死に働いていましたが、生活は常に火の車でした。そこで、若い頃のブラームスは自分の生活費を稼ぐために、早くから働きました。
例えば1846年(13歳)、ハンブルク近郊のヴィンゼンのレストランでピアノを演奏して、2ターラー(数千円程度)を稼いでいた記録があります。他にも、オペラの旋律を寄せ集めて匿名で編曲する仕事もしていましたが、こちらも安定した収入ではありませんでした。

そんな彼に、現実的な言葉を投げていたのが、母クリスティアーネでした。1854年の助言には、「借金だけはダメ」、「芸術は贅沢なもの、労働者階級は我慢しなきゃいけないこともある」、そして「この世は簡単に誇らしく渡れるものじゃない、多くを耐えなさい」など、耳の痛い言葉が並んでいます……。
同時代に借金を重ねては夜逃げする生活を送っていたワーグナー(本当の話です)とは対照的に、母の言葉はブラームスの心に深く刻まれ、派手な暮らしに興味を示さず、稼いだお金を増やすより、守るようになりました。実際に母は、稼ぐだけでなく貯めることを勧め、遠くにいる息子の家計状況をも把握し、ハンブルクで彼の貯金の一部を預かっていました。

ウィーンで暮らす息子のことを気にかけていた最愛の母は、1865年に亡くなります。この悲しみは、《ドイツ・レクイエム》を書いて作品へと昇華しましたが、《ドイツ・レクイエム》が成功したことで、ブラームスの作品の価値が劇的に上がり、ブラームスの懐に巨額のお金を呼び込みました。すなわち母の死を悼んだ作品が、ブラームスの最大の転換点となったのです。
ブラームス:《ドイツ・レクイエム》作品45〜第1曲「悲しんでいる人々は幸せである」、第5曲「あなた方も今は不安があるが」、第6曲「この地上に永遠の都はない」、第7曲「これから後、主にあって死ぬ死人は幸せである」
ブラームスの主な収入源とクララの助言
もちろん貯金をするにも元手が必要です。この頃のブラームスは、作品を出版社に売っては、それなりの収入を得ていましたが、貯蓄をどのように扱うべきかを相談していた相手がいます。クララ・シューマンです。
彼女は、銀行関係にも幅広い人脈を持っており、ブラームスの金銭面に長く助言していました。特に、フェリックス・メンデルスゾーンの父とは親交が深く、彼はプロイセンでもっとも重要な民間銀行のメンデルスゾーン銀行(Mendelssohn & Co.)の経営者でした。また、フェリックスの弟のパウル・ヘルマンとも交流があり、パウル・ヘルマンは跡取りとなったのち、プロイセン政府の財政顧問となったほどです。
ちなみにパウル・ヘルマンはチェロも並外れて上手かったそうで、フェリックスは彼と演奏する目的で2曲のチェロ・ソナタを書いたうえに、《チェロとピアノのための協奏的変奏曲 作品17》を彼に捧げました。
メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ第1番 作品45〜第1楽章、チェロとピアノのための協奏的変奏曲 作品17

フェリックスの3歳下の弟。兄とよく似ていますね!
メンデルスゾーン銀行の取締役になった際は、外国との取引を担当しました。
フェリックスが彼に捧げた作品を考えても、チェロは相当な腕前だったことがわかります。
クララは、1850年代からパウル・ヘルマンに資産運用を任せており、ブラームスにも手紙のなかで管理を任せることを勧めています。2人の書簡では、債券や運用についての話題が何度も登場し、ブラームスは1860年に家族のために債券を購入しています。
大ヒットしても確実な現金買取契約派
それまではそこそこの収入でしたが、30代半ば、彼の財布を潤したのは、空前のベストセラーとなった《ハンガリー舞曲集》でした。
当時、家庭にピアノがあることは中産階級のステータスであり、家族でピアノを連弾して楽しむことは日常の娯楽の一つでした。今でいう、サブスクで流行りの曲を聴くのと同じような感覚で、人々はこぞってハンガリー舞曲集の楽譜を買い求めました。おかげで、出版社のジムロックには莫大な利益をもたらしました。《ドイツ・レクイエム》の成功も相まって、ブラームスの市場価値は一気に上がり、以降の作品は高値で出版社に買い取られるようになったのです。
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番 嬰ヘ短調(ピアノ連弾版)
ここで興味深いのは、ブラームスの契約の仕方です。このとき、彼は将来の印税よりも、今もらえる現金(買取契約)を選びました。不確実な未来の利益より、手元の確実なキャッシュを選び、それを投資に回したのです。
さらに、「交響曲第1番」が出版された際、ジムロック社から支払われた出版報酬は5000ターラー(およそ1000万円程度)にも達しました。
彼の収入源は作曲だけではありませんでした。1872年から3年間、ウィーン楽友協会の音楽監督を務めましたが、その年俸は3000グルデン(およそ750万円)でした。さらに彼は、ピアニストであり指揮者でもあったので、冬のシーズンには各地へ演奏旅行に出かけ、出演料を稼いで帰り、夏は作曲に勤しむという生活スタイルでした。
1870年代のウィーン経済〜好景気から暴落へ
ブラームスの資産形成において、特筆すべきは守備力の高さです。その真価が発揮されたのは1873年(40歳)、歴史的な金融危機のときでした。
当時のウィーンはグリュンダーツァイト(Gründerzeit/直訳すると「創業時代」)と呼ばれる空前の好景気に沸いていました。産業革命の波に乗り、鉄道会社や銀行が次々と設立され、株価は右肩上がり。市民たちも株取引に集中し、カフェでは株価の話が多く飛び交っていたそうです。
そして1873年5月、ウィーン万国博覧会が開幕します。すでにヨーロッパでもロンドンやパリなどと並ぶ大都市だったウィーンは、これを機に、永遠の繁栄を信じていました。
ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ《証券取引所から》作品337
しかし、開幕からわずか1週間後の5月9日、のちに暗黒の金曜日と呼ばれる大暴落が、ウィーン証券取引所を襲います。加熱しすぎた投機バブルが弾け、株価は垂直落下。銀行は支払い不能に陥り、この日だけで120社が倒産し、自ら死を選ぶ経営者や投資家も激増したそうです。もちろん音楽家をはじめとする市民のほとんども大打撃を受けました。
そして、日本が初めて公式参加したという、日本にとっても大事なイベントだったウィーン万博も、この大不況の影響で失敗に終わりました……。

名古屋城の金のシャチホコ、伝統工芸品、浮世絵などが展示されました。

金融危機下、ブラームスの投資先は?
さて、ブラームスはどうだったのでしょうか? 彼は無傷でした。かすり傷ひとつ負っていません。なぜなら、彼の資産構成には、流行りのベンチャー株などは一つも入っていなかったからです。
彼の遺産目録から、当時の投資先を見てみましょう。資産の95パーセントを占めていたのは、以下のような銘柄です。
・プロイセン国債
・ドイツ地方債
・ドイツの鉄道債券
彼は、国家が保障する国債や、社会インフラである鉄道再建をひたすらに買い集めていました。派手な値上がりは期待できませんが、確実な利子を生み続ける資産です。投機熱に浮かれる周囲をよそに、ブラームスは確実な利回りだけを見ていました。
カール・ローレンス「みんな金がない(Die Leut’ hab’n z’wenig Geld)」
大不況を受けて書かれた歌。「不況で金がない」「破産が出る」「工場が閉まる」「質屋に行く」などのがっかり感を、強いウィーン訛りでストレートに歌っている。
カール・ローレンス「さようなら、古き良き時代(Pfüat di Gott, du alte Zeit)」
大不況を経て、古き良き時代の終わりを歌った作品。

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