
資産は4億円超!? ブラームスの堅実すぎる資産形成術【後編】

ブラームスはどのようなお金の使い方をして、資産をどれくらい所有していたのでしょうか。 徹底的に堅実な資産形成をしたブラームスが守りたかったものとは……? お金の話から、ブラームスの生き様が見えてきます。後編では、堅実なブラームスが唯一お金を使ったあるものも紹介します。

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール優勝。2025年、第21回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門第2位、古典派交響曲ベスト...
18万1473グルデン、79ノイクロイツァーの正体
さて、後編では前編の冒頭で紹介した、ブラームスの遺産目録に記されていた18万1473グルデン、79ノイクロイツァーがいったいいくらなのか、その価値を明かすところから始めたいと思います。
ブラームスの生活は、あまりにも庶民的でしたが、ドイツ連邦銀行(Deutsche Bundesbank)が示す、歴史的購買力データに基づき、現代の日本の生活実感に引き直してみると、非常に興味深い実態が浮かび上がってきます。
まず、彼が1872年から亡くなるまでの25年間住み続けた、ウィーン・カールスガッセ4番地のアパート。家主のトルクサ夫人に支払っていた家賃は、半年分で347グルデン25クロイツァーでした。これを現在のレートに換算すると、月額約14万5000円。楽友協会の裏手にある3LDKのマンションとしては、意外なほど普通の、堅実な住まいです。
彼が愛したのが、ウィーンにあった居酒屋「赤いハリネズミ(Zum roten Igel)」での食事で、毎日通ったと言われています。そこでブラームスが好んで注文していたパプリカたっぷりのグーラーシュスープ(シチュー)、またはレバーの肉団子が入ったスープとビールは、およそ60〜80クロイツァー程度だったそうです。現在の日本円の感覚でいえば、だいたい1500円程度です。
では、ここで彼が残した資産額を思い出してみてください。18万1473グルデンです。その額を現在の日本円に換算すると……
約4億5000万円
そう、あのみすぼらしいコートを着たおじさんは、現代でいう億り人(投資で億単位の資産を持つ人のこと)だったのです!

資産4.5億円を抱えながら、1500円の居酒屋ランチを愛する男……計算すると、彼の資産は赤いハリネズミでの食事30万回分、すなわち平安時代から現代まで、毎日貯金を切り崩して行きつけに通ってもお釣りが来るのです。
彼にとっての贅沢は、高級料理を食べたり、煌びやかに着飾ったりすることではなく、一生お金のために嫌な仕事をせず、音楽だけに没頭できるという、圧倒的な安心感そのものだったのかもしれません。
守りに徹するブラームスのお財布事情
ブラームスは投資家でもありましたが、かなり徹底した守りの人でした。友人レーヴィや弟などの親しい人に宛てた手紙の中でも、「値上がり狙いの株や債権の売買はしない」「大切な身の回りの人たちに残したい」「金のことはわからないし興味もない、できれば考えたくもない」と語っています。
4.5億円もの資産を持ちながら、なぜ彼はそれを使わなかったのでしょうか。それは、贅沢をするためではなく、誰にも干渉されずに生きる自由を買うためでした。
ブラームスが生きた19世紀は、パトロン(貴族)に雇われる時代から、音楽家が自立して活動する時代への過渡期でした。彼は、宮廷の職や、指揮者のポストに縛られることを極端に嫌いました。その原点は、彼が20代半ばに過ごしたデトモルトでの経験にあります。当時、宮廷でピアノを弾き、教師を務めていた彼は、日々のレッスンやお勤めに忙殺される苦しみを、親友ヨアヒムへの手紙で次のように吐露しています。
「8日間、朝から晩まで演奏させられ、和音の一つも書けなかった」(1857年6月16日)
「自分が必要とされてしまい、作曲に使える時間がまったく残らない」(1859年12月中旬)
自分は、定職に就いて誰かの機嫌を伺いながら生きていける人間ではない。そう痛感した彼は、結局生涯通じてほとんど定職につかず、フリーランスとして生きていきました。そんな彼にとって、巨額の資産から生み出される利息収入は、嫌な仕事を断る権利であり、納得いくまで時間をかけて作品を練り上げる時間を保証する命綱でした。
先述の通り、彼は手堅い有価証券を持っていただけでなく、アメリカドルや、イギリスポンドでも貯金をしており、何かあったときのリスクを分散していたことが想像できます。
堅実なブラームスが唯一お金を惜しまなかったものとは?
しかし、彼が唯一お金を惜しまずに注ぎ込んだ、真の資産がありました。それは、偉大な先人たちの自筆譜コレクションです。
ブラームスは、古書店やオークションのカタログを常にチェックし、ハイドンの《太陽四重奏曲》や、シューベルトの作品などの自筆譜を購入しています。また、ヘッセンのアンナ公妃に自作の「ピアノ五重奏曲」を献呈した際、公妃からの「お礼に宝石か指輪でも」という申し出を断り、そのときに公妃が所持していたモーツァルトの「交響曲第40番」の自筆譜を所望したという伝説的なエピソードも残っています。
結局彼の家にやってきた自筆譜は、ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》、「交響曲第7番」「第8番」、大量のスケッチ、ベルリオーズの《オルフェの死》、ハイドンは《太陽四重奏曲》に加え、オーストリア=ハンガリー帝国の国歌(のちのドイツ国歌)《神よ、皇帝フランツを守りたまえ》、リストの《詩的で宗教的な調べ》、ワーグナーの《ラインの黄金》《トリスタンとイゾルデ》をはじめ、膨大な数のモーツァルト、シューマン、シューベルトの作品が挙げられます。本当にすごいです……。
自身の生活費は、資産が生む利息の範囲内に抑え込みましたが、純粋に音楽を愛していたブラームスは、生活費以外のお金のほとんどを自筆譜や珍しい楽譜の購入に使いました。
このコレクションはだんだんと膨らんでいき、ついには楽譜の出版社や音楽学者から、資料の提供を求められるほどになりました。類稀なるコレクションは、ブラームスの遺言に従ってウィーン楽友協会へ寄贈され、2005年にはユネスコの世界記憶遺産(世界の記憶)に登録されました。

最後に、筆者がモーツァルテウム大学で師事していたブルーノ・ヴァイルから聞いた、興味深い話を紹介させてください。筆者の師は、西ドイツのハーンシュテッテンという小さな村で育ったそうなのですが、そこで唯一ピアノを教えていた先生が85歳を超えたおじいさんだったそうです。
あるとき、ブラームスの簡単な曲をレッスンで弾いた際に、そのおじいちゃん先生がしてくれた話を教えてくれました。
僕は小さい頃に、ヴィースバーデンというところに住んでいた。ピアノ教師だった母親に連れられて、銀行に行った。母親が銀行の窓口で色々手続きをしていたのだが、その横の窓口に一風変わったおじさんが来た。小柄で、小太りで、ヒゲは無造作に伸び、クタクタになったコートを着ており、片手には葉巻……しかも葉巻の灰は、ヒゲに絡まるだけでなく、ぽっこりと出たお腹の上に乗っていた。
そのおじさんは、窓口で何らかの手続きに手間取っているようで、少々高めの声で延々と文句を言っていた。手続きがうまくいかなかったのか、ぶつぶつと独り言を言いながら出ていった。
母に、「変な人だったね」と言ったら、「あの人、ブラームスよ。手続きの時に名前を言ってたわ」と教えてくれたんだ。
時系列や場所としても、「交響曲第3番」を書いていた時期と一致します。大作曲家が、汚れたコートを着て葉巻の灰を散らしながら、銀行の窓口で不機嫌そうに管を巻いている……。このあまりにも世俗的で、面倒な手続きに追われる一人の男としての姿こそ、彼とお金のリアルな距離感を物語っている気がします。彼がこうした煩わしい事務作業に声を荒らげていたのは、それ以外のすべての時間を「自由」に充てるための、切実な戦いだったのかもしれません。

ブラームスが持っていた券面もこれと同じものです。
「お金のことは、話しているとき以外考えない」
友人で出版社のジムロックが投機に失敗して、数千万円規模の損失を出したときに、ブラームスが言い放った言葉ですが、彼の4.5億円の資産は、彼がどれだけ自分の音楽と、自分の生き方を大切に守ろうとしたかを示しています。
4.5億円の資産を持ちながら、質素な食事とビールを愛し、夜な夜なモーツァルトの自筆譜を少年のような目の輝きで眺めて暮らす……徹底したリアリズムで守りぬいた余裕があったからこそ、今私たちが知るブラームスの音楽が生まれたのかもしれません。
ブラームス:49のドイツ民謡集〜第1曲「教えておくれ、美しき羊飼いの娘よ」、第3曲「なんと可愛らしく寄り添ったことか」、第42曲「静かな夜、最初の夜警の時に」

民謡を題材にしていることから、幅広い層に売れることを目論んで、交響曲第1番とほぼ同じ価値の15000マルク(およそ1000万円〜)で買い取られました。

筆者が大好きな曲の一つです。
※価値の換算法として、購買力換算とは別に金本位換算(純金の価格計算)があります。この金本位での換算だと、かなり額が異なります。
ブラームスが亡くなった1897年において、1グルデン=約0.61gの純金となりますが、2026年1月下旬の純金価格は27762円/gなので、金本位で計算すると……181473.79グルデン=約30億7322万円、となります。
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