ショパン《小犬のワルツ》が生まれた背景——ノアンの館でのサンドとの日々
ショパンの《小犬のワルツ》が作曲された背景を解説! 名曲が生まれる舞台となったのは、フランスのノアンにあるジョルジュ・サンドの館。ここでのサンドとの暮らしや《小犬のワルツ》のモデルとなった犬・マルキを飼うことになった経緯について、ショパン研究の小坂裕子さんが紹介します。
初出:『ムジカノーヴァ』2017年7月号
舞踏曲を愛したショパン
ショパンが幼いころからピアノに向かって即興のように演奏していたのが、リズムや旋律が耳になじんでいたポーランド民族舞踏を代表するマズルカやポロネーズで、それとともに音楽の才能が花開いていったと言われています。生涯に数多くのマズルカを作ったショパンですから、マズルカと同じく3拍子を基本とするワルツに興味を持ったのは当然かもしれません。
ただし作曲への思い入れは異なるものでした。マズルカには愛する祖国ポーランドへの気持ちを歌い込んでいくかのように、ある時は勇壮な、ある時は打ちひしがれるかのような寂しさをにじませることもあり、深い心情の告白のような曲に、誰もが心を打たれます。
一方、ワルツに本格的に取り組むことにしたのはウィーンにおいてで、そこで目のあたりにした娯楽的な舞踏音楽がきっかけです。ショパンはそのような通俗的なものとはまったく次元の異なる、芸術的なワルツを作りたいと思うようになりました。流れるような曲の感じも、急速な回転も、左右両手が生み出す巧みな音響の重なりも、ショパンの才能でしか可能でないものばかりで、そのような独自の表現力あふれる3拍子の芸術的ワルツが、21歳からのパリ時代で生み出されていくようになりました。
白い鹿皮の手袋、白い絹のスカーフ、ウエストがくびれたコートに、ぴんと皺一つないズボンで、まるで貴族のようだと言われた気品を漂わせてピアノの前に座り、あたかも即興のような、それでいて完璧な形式感で高い芸術性を感じさせるワルツを演奏しては、驚嘆の声、そして憧れのまなざしを受けていました。
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