藤田真央のモーツァルトはどこが凄いのか?ピアノ・ソナタ全集からマニアックに解説!
クラシック音楽界でいま気になるヒト・コトを、音楽専門ライターの視点から解説!
クラシック音楽界を活気づける一大トピック
クラシック音楽界がようやく世界的に活気をみせはじめた中、大きなトピックとして紹介したいのが藤田真央「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集」のリリースだ。2021年に5日間かけて行われたヴェルビエ音楽祭でのソナタ全曲演奏の成功、そして昨年のソニークラシカルからのワールドワイド・デビュー発表以来、多くのピアノ・ファンが関心を寄せてきた藤田真央のモーツァルト。それは過去の歴史的名盤にも匹敵する、きわめてクオリティの高い内容だった。
2019年にチャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞し、世界的に注目されるようになった藤田。その前のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールでの優勝(2017)もすこぶる重要だが、とにかくチャイコン2位でその名声は高まったにしても、ここにきて恐るべき才能の持ち主であること、世界屈指の芸術家の一人であることがようやく社会的に認知されてきたのではないだろうか。
さて、モーツァルトのソナタ全曲録音は、2021年のヴェルビエ音楽祭直後にベルリンのb₋sharpスタジオで、のべ11日間にわたり行なわれた。音楽祭での成功の勢いのままに一気に演奏したのだろう。18曲すべて完成度が高く、情報量が満載だが、ここでは、以下の4曲を中心に書いてみたい。もちろん《トルコ行進曲付き》や第16番ハ長調K.545も名演だけれども、藤田真央のモーツァルト演奏の特質が表れているのがこれらの作品だからだ。それとモーツァルトの世界をもっと知ってほしいから。
藤田真央のモーツァルト演奏の凄さを知る4曲
まずは初期の一連の6曲から、第3番変ロ長調 K.281の第1楽章。コンサートで通常取りあげられる機会の少ないソナタだ。4分の2拍子の小さな1小節の中に細かい音符が詰まっていて、しかも出だしは小鳥の囁きのようなトリルと強音の和音を組み合わせ、直後に早い音階を持ってくるという現代ピアノでは演奏至難なパッセージを、真央は軽々と何の乱れも見せずに弾きのけた。ガヴォット風の終曲(第3楽章)はまさに宮廷でのダンスの情景さながら。ラストの決然たるフォルテの終止和音で、一瞬のうちに聴き手をロココの夢から現実に引き戻すのは驚きの技。藤田真央は魔術師か。
次に、第8番イ短調K.310。パリ時代に書かれた悲劇的な内容を持つ傑作。藤田の集中力はここにおいてマックスに発揮される。第1楽章、第2楽章ともに、とくに低音部が雄弁で、前者では展開部での嵐のような最強音と弱音の激しい交替、後者ではシューベルトの手法を先取りする左手による長いトリルが圧巻。音量的なバランス感覚も特筆もの。
さて、藤田真央が「一番好き」という第15番ヘ長調 K.533/494。モーツァルトのピアノ作品中、対位法と半音階の用法がもっとも際立った逸品。高音部で奏される無骨な楽想が、低音部でも同じように繰り返されるというように、まるで一人で連弾をするような特異な作風の第1楽章。アンダンテの第2楽章も不協和な音程の主題で始まり、解決されない和音がずんずんと上行していくスリリングな展開部を持つなど、ヘヴィな構成だ。藤田は両楽章とも力むことなく、あっさりと、それでいて音楽の深みを表現してみせた。これが豪奢なサウンドを誇るスタインウェイ・ピアノで実現されていると思うとこれまた驚異。第18番ニ長調 K.576にも言えるが、彼は明らかに現代ピアノの可能性を広げている。
そして第17番変ロ長調 K.570について。モーツァルトの18曲のなかで、有名な第16番ハ長調 K.545と並んで音符の数の少ないソナタ。藤田は今年の4月に東京オペラシティの大ホールでこの作品を弾いた。一見シンプルな外観の中に、実に多彩な楽想が盛り込まれているのを明らかにした。三拍子でゆるやかな放物線を描くような第1楽章の主題や、後年の《魔笛》を思わせる終楽章など聴き手の心を優しくとらえる。録音で聴くと、音楽の立体性がさらに際立ち、このソナタが特別におだやかな輝きを帯びているのを体験できる。
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