アニメで功を奏したクラシック~『時をかける少女』の《ゴルトベルク変奏曲》など3選
「音楽」が主題ではないアニメにも、意外とクラシック音楽が使用されている?!
『新世紀エヴァンゲリオン』のヘンデル《メサイア》、『涼宮ハルヒの憂鬱』のショスタコーヴィチ「交響曲第7番」、『時をかける少女』のバッハ《ゴルトベルク変奏曲》を中心に、アニメに登場するクラシック音楽たちを紹介します。
青山学院大学大学院博士前期課程修了(比較芸術学)。主な研究対象はブラームス、ブルッフらの器楽作品。音楽之友社『レコード芸術』誌、演奏会プログラム等に執筆している。20...
アニメで効果を発揮するクラシック音楽
アニメーション作品においてクラシック音楽が使用されている例は少なくありません。古いものでは、レオポルト・ストコフスキー率いるフィラデルフィア管弦楽団の演奏が全編にわたって用いられたディズニーの長編映画『ファンタジア』(1940年)などがその好例と言えるでしょう。また、日本でもお馴染み『トムとジェリー』シリーズの短編作品「ピアノ・コンサート」(1947年、第19回アカデミー賞短編アニメ賞受賞作品)では、猫のトムがフランツ・リストの《ハンガリー狂詩曲第2番》を巧みに(?)演奏し、さらに「星空の音楽会」(1950年)ではヨハン・シュトラウス2世の《こうもり》序曲を指揮しながらねずみのジェリーと死闘を繰り広げ、鑑賞者を笑わせてくれます。
もちろん、毎年さまざまなアニメが制作・放送されている日本でも、クラシック音楽を用いた作品は数多く発表されています。二ノ宮知子の漫画を原作とする『のだめカンタービレ』(2007~10年)や新川直司原作の『四月は君の嘘』(2014~15年)、あるいは、一昨年第2シリーズが放送された一色まこと原作の『ピアノの森』(2018~19年)などをご覧になられた方も多いのではないでしょうか。これらの3作品はいずれも「音楽そのもの」が作品のメインテーマとなっているアニメであり、当然、クラシックの楽曲が数多く登場します。
一方で、「音楽」が主題ではない作品においても、クラシック音楽が効果的に用いられている場合があります。
あえて対照的な音楽を用いる!『新世紀エヴァンゲリオン』におけるヘンデル《メサイア》
まずは、日本のアニメの歴史においてもとりわけ重要な位置を占める傑作、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995~96年)の例を見てみましょう。GAINAX原作の『新世紀エヴァンゲリオン』は、汎用人型決戦兵器「エヴァンゲリオン(EVA)」に搭乗する少年少女パイロットたちと、謎の敵「使徒」の戦いが描かれた作品。
TVシリーズでは、バッハの「無伴奏チェロ組曲 第1番」BWV1007第1曲(第拾伍話「嘘と沈黙」Bパート冒頭)やベートーヴェン「交響曲第9番 ニ短調」作品125第4楽章(第弐拾四話「最後のシ者」)なども使用されています。
バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番より第1曲
第拾伍話で主人公碇シンジによって演奏される。
ベートーヴェン:交響曲第9番より第4楽章
第弐拾四話で繰り返し登場する。まず、フィフスチルドレン渚カヲルの鼻歌として、次に碇シンジのイヤホンからの音漏れとして、そして、後半パートでは戦闘シーンを彩るBGMとしてほぼ全編に渡って使用される。
悲痛なシーンであえてヘンデルの「ハレルヤコーラス」
とりわけ印象的なのは、ジョージ・フリデリック・ヘンデル(1685~1759)のオラトリオ《メサイア》HWV56の扱い方です。《メサイア》はイエス・キリストの降誕から受難、復活までが歌われる作品ですから、その意味においては、キリスト教にまつわる単語が散りばめられている『新世紀エヴァンゲリオン』の世界観としっかりリンクしています。
ヘンデル:オラトリオ《メサイア》より「ハレルヤ・コーラス」
しかし、TVシリーズ第弐拾弐話「せめて、人間らしく」での使われ方はかなり独特です。この回の後半では、EVA弐号機パイロット惣流・アスカ・ラングレーが敵である第15使徒アラエルから謎の光線による心理攻撃を受け、精神汚染される光景が描写されます。そして、その壮絶な戦闘シーンの背景で、《メサイア》第2部の終曲合唱「ハレルヤ・コーラス」が流されるのです。
少女の悲痛な慟哭とニ長調の晴れやかな音楽が鮮烈なコントラストを生み出すこのシーンは、鑑賞者に強い違和感をもたらす部分であり、無難に悲しい音楽やシリアスな音楽を流すよりもはるかに強烈な印象を与えます。
つまり、ここではクラシック音楽が、単なるBGMとしての役割を超えた、別の効果をもたらすものとして使用されているのです。こうした手法は、黒澤明の映画をはじめとする実写作品ではしばしば用いられており、「音と画の対位法」(西村雄一郎『黒沢明 音と映像』、立風書房、1998年)と呼ばれています。
なお、このシーンに続く場面では、《メサイア》第3部終曲の「アーメン・コーラス」手前からの部分も流れますので、そちらにもぜひご注目を。
ヘンデル:オラトリオ《メサイア》より「子羊に誉れあれ」、「アーメン・コーラス」
アレンジによって妄想と現実を描き分ける!『涼宮ハルヒの憂鬱』におけるショスタコーヴィチ「交響曲第7番」
次にご紹介したいのは、日本における深夜アニメ文化の発展に大きく貢献した、京都アニメーションが誇る傑作『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006、2009年)。谷川流のライトノベルを原作とした本作品は、女子高生涼宮ハルヒが「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団=SOS団」なる同好会を結成、主人公のキョンに加え、宇宙人の長門有希、未来人の朝比奈みくる、超能力者の古泉一樹らを団員に引き入れて様々に暴走する、SF風味の学園ものアニメです。
この『涼宮ハルヒの憂鬱』に、2006年放送版では第11話、2009年版では第27話として放送された「射手座の日」という回があります。ハルヒによって奪い取られたパソコンを取り返すべく、コンピュータ研究会が自作のPCゲームでの勝負を挑んでくるが、実はそのゲームにはある細工がしてあり……というお話です。
BGMにはラヴェルなどのクラシック作品も
「射手座の日」では、クラシックの楽曲が3曲登場します。まず、冒頭からラヴェル(1875~1937)の《ダフニスとクロエ》第2組曲「夜明け」が流れ、宇宙艦隊が漆黒の宇宙に漂う雰囲気を演出します。ただし、この部分に関してはあくまで普通にBGMとしての使用しているだけですから、特別面白い使い方というわけではありません。
ラヴェル:《ダフニスとクロエ》第2組曲より「夜明け」
ショスタコーヴィチ「交響曲第7番」のアレンジに注目
興味深いのは、次に登場するドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)「交響曲第7番 ハ長調」作品60《レニングラード》第1楽章の扱い方です。自由なロンド・ソナタ形式で作曲されている本楽章では、その長大な中間部で、「戦争の主題」が小太鼓の刻むリズムに乗って繰り返し演奏されます。劇中ではこの「戦争の主題」がゲームのBGMとして、あえてチープな音にデフォルメされた形で登場するのです(11分手前~)。
そして、いよいよコンピュータ研との「決戦当日」を迎える13分手前からの部分では、団員が宇宙戦艦に乗っている描写の背景で、第1楽章冒頭部分が今度はオーケストラの響きで流されます。
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 《レニングラード》より第1楽章
以後、仮想(妄想?)の世界を描くときはオーケストラの音源が、現実世界の描写ではデフォルメされた音楽が用いられ、それらが適宜切り替えられることで、「スケールの大きい宇宙戦争の空気感」と「カタカタPCを操作している現実」のギャップが鮮やかに描き出されていくのが、本作の面白いところ。
ちなみに、その後の部分ではチャイコフスキー(1840~1893)の「交響曲第4番 ヘ短調」作品36から第4楽章の終結部が(一部リピートを加えられた形で)使用され、爽快感に満ちた戦闘シーンに花を添えます。
チャイコフスキー:交響曲第4番より第4楽章
第二次世界大戦の悲惨な歴史にまつわるショスタコーヴィチの交響曲を、コメディタッチのアニメの、しかも宇宙戦争ゲームのBGMに使うなんて……という意見もあるかもしれません。しかし、「クラシックの楽曲をゲーム音にアレンジする」、「原曲とそのアレンジをそれぞれ妄想世界と現実世界に対応させて使い分ける」、そして「壮大なフル・オーケストラの響きを突如ゲーム音に切り替えることで独特のシュールさを生み出す」という手法を閃いた制作陣のセンスと技術はじつに見事です。
「タイムリープによるやり直し」を「変奏」と捉える!『時をかける少女』におけるバッハ《ゴルトベルク変奏曲》
最後にご紹介したいのは、2006年公開の細田守監督作品『時をかける少女』です。本作品は、原作である筒井康隆による原作小説から舞台を約20年後に移し、アニメーション映画として現代に蘇らせた傑作であり、国内外でさまざまな賞を受賞しています。
『時をかける少女』
角川文庫
『時をかける少女』の物語は、主人公の女子高生、紺野真琴が「タイムリープ(時間跳躍)」の能力を得るところから動き出します。高校の理科準備室で不審な人影を見かけた真琴は、驚いて転倒した際に、時間を跳躍して少し前の時点からやり直すことができる能力を手に入れるのです。
あるとき真琴は、「同級生の津田功介と付き合っているのか」と後輩女子2人に詰問されます。彼女たちの友人、藤谷果穂はクラブの先輩である功介を慕っており、真琴はその功介と一緒にいる機会が多いために疑われてしまったのです。「私がなんとかする!」と宣言した真琴は、功介と果穂の仲を取り持つためにタイムリープを繰り返します。
この果穂のために行う一連のタイムリープ(52分頃~)の背景で流れているのが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の《ゴルトベルク変奏曲》BWV988です。《クラヴィーア練習曲集第4部》として1741年に出版された《ゴルトベルク変奏曲》は、32小節の優美なアリアで始まり、そのアリアのバス進行に基づく30の変奏(簡単に言い換えるならば、アリアの音楽を別のバージョンにアレンジしたもの)が続き、最後に再びアリアが歌われて結ばれるという堂々たる構成の変奏曲です。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》
『時をかける少女』では、まず6分20秒過ぎからアリアが登場し、理科準備室で能力を手に入れる場面(9分30秒頃~)で第1変奏が流れます。この時点で、ある特定の物事を別のやり方で繰り返す「タイムリープ」を暗示していると言えるかもしれません。
そして、もっとも効果的に使用されているのは、先述の52分過ぎからの場面です。ここでは、果穂の告白を成功させるべく1度目のタイムリープをする場面で第1変奏が、52分15秒からの2度目のタイムリープの場面で第4変奏が、そして、54分06秒からの3度目のタイムリープの場面で第12変奏がBGMとして流れます。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》よりテーマ、第1、4、12変奏
つまり、ここでは、ある特定の音楽的要素を別のアレンジで繰り返し演奏していく「変奏曲」の性質を、ある特定の出来事(ここでは功介と果穂の仲を取り持つための行動)を別のやり方で繰り返す「タイムリープ」の性質を描写するために巧みに援用しているのです。音楽の特徴がしっかりと活きる形で物語に引用する、じつによく考え抜かれた手法には脱帽せざるを得ません。
監督:細田守
「時をかける少女」
Blu-ray・DVD発売中
価格:6,600円+税(Blu-ray)/DVD 4,700円+税(DVD)
品番:KAXA-1100(Blu-ray)/KABA-2402(DVD)
発売・販売元:株式会社KADOKAWA
©「時をかける少女」製作委員会 2006
ここまで、クラシック音楽が単なるBGMとしての役割を超えて、作品にさらなる奥行きをもたらすものとして用いられている3つの例を見てきました。もちろん、この他にもクラシックの楽曲が用いられているアニメーション作品はたくさんあります。アニメを鑑賞する際には、作品を彩る音楽の使われ方にもぜひご注目を!
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