読みもの
2020.07.06
7月の特集「ダンス」

バレエの歴史と見どころを音楽、振り付け、衣装、シューズから解剖!

クラシック音楽と切り離せないダンスといえば、なんといってもバレエ! ONTOMOでもさまざまな演目をご紹介してきましたが、ここでは「バレエとは?」という基本の「キ」を音楽や動画を多用してご案内。歴史や魅力的な演目、観どころを紹介してくれるのは、バレエ史の講師として教鞭を執る渡辺真弓さんです。

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、放送大学ほかで非常勤講師

10歳でバレエを習う。舞踊史家の薄井憲二氏に触発され、舞踊史に興味を持つ。お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊の実技と理論を学ぶ。オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経て...

パリのバレエ・ダンサーを描き続けた画家エドガー・ドガ『バレエの稽古』

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発祥は宴会の余興? 宮廷から一般に広まっていったバレエ

バレエは、イタリアで生まれ、フランスで発展し、ロシアで完成された舞踊芸術である。その起源は、ルネッサンス時代のイタリアに遡り、貴族の館で開かれた宴会の余興から派生。もとは踊りに歌や台詞を交えたものだったらしい。ちなみに「バレエ Ballet」の語源は、Ballo(舞踊、複数形Balli) あるいはBalletto(複数形Balletti)。

この余興の楽しみは、16世紀にフィレンツェのメディチ家からフランス王家に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによってフランスにもたらされ、1581年に最初の宮廷バレエ『王妃のバレエ・コミック』を上演。

1661年には太陽王ルイ14世が王立舞踊アカデミーを設立、これが世界最古、350年の歴史を誇るパリ・オペラ座バレエ団の発祥となった。ここで両足が外に開いたアン・ドゥオール(en dehors)の5つのポジションが定められ、ここから発展した舞踊がバレエである。

「祝祭における偉大な創造的芸術家」と呼ばれたカトリーヌ・ド・メディシス(1519−1589)が創り出した最初のバレエ、『王妃のバレエ・コミック』上演風景の版画。
1662年にルイ14世が発行した王立舞踊アカデミーの設立を認める特許状。ルイ14世自身バレエを踊る、ダンスの熱心な信望者だった。

バレエは始め、宮廷の中だけで踊られていたが、次第に外の劇場へと移行。プロの舞踊家の出現によってテクニックが向上し、現在見られるようなバレエに近づいていった。

名曲オンパレード! 百花繚乱のバレエ音楽

バレエの演目として、もっともポピュラーなのは「チャイコフスキー3大バレエ」と呼ばれる『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『白鳥の湖』の3作品だろう。バレエを見たことがない人でも、これらの美しい旋律に耳を傾けたことは一度ならずともあるだろう。

チャイコフスキー3大バレエ

ほかには、オーストリア出身でロシアで活躍したレオン・ミンクス作曲『ドン・キホーテ』『ラ・バヤデール』、ロシアのアレクサンドル・グラズノフ作曲『ライモンダ』。

フランス音楽では、ロマンティック・バレエの傑作であるロドルフ・アダン作曲の『ジゼル』、レオ・ドリーブ作曲『コッペリア』や『シルヴィア』等が人気が高い。

『ジゼル』(パリ・オペラ座バレエ団)

20世紀以降では、ロシアの芸術監督セルゲイ・ディアギレフが1909年に創設し、一世を風靡したバレエ・リュスで誕生したストラヴィンスキーの3大バレエ『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』のほか、プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』『シンデレラ』『石の花』などがある。

ストラヴィンスキー3大バレエ『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』

プロコフィエフ『ロミオとジュリエット』『シンデレラ』『石の花』

20世紀後半には、クランコやマクミランのようにさまざまな楽曲をコラージュしてバレエ音楽を構成した例が少なくない。代表的なものに、クランコの『オネーギン』、マクミランの『マノン』、ノイマイヤーの『椿姫』などがある。これらは、編曲が余りにも巧妙なので、あたかもこのバレエのために作曲されたかのように響いてくることさえある。

全編ショパンの作品が使われたノイマイヤーの『椿姫』(パリ・オペラ座バレエ団

古典バレエにおける振り付けの帝王、マリウス・プティパ

古典バレエの名作のほとんどは、マリウス・プティパ(1818~1910)の振り付けである。『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『ドン・キホーテ』『ラ・バヤデール』『ライモンダ』……挙げていけば、きりがない。プティパは、フランスに生まれ、29歳のときから60年以上ロシアに滞在し皇帝に仕えて、数多くのバレエを振り付け。19世紀後半のロシア・バレエ黄金時代を築いた。

1870年頃、サンクト・ペテルブルクで撮影されたマリユス・プティパ。

現在世界で踊られている古典バレエのほとんどが、プティパ原振付(現代の上演ではプティパの振り付けをもとに、ほかの振付家がアレンジすることが多い)のものであることを考えると、プティパの功績の偉大さに改めて敬服せざるをえない。ちなみに2018年は、プティパの生誕200年に当たり、世界各国でプティパの特集が組まれたが、今後もプティパのバレエは、形を変えながらも永遠に踊り続けられていくことだろう。

プティパ原振り付け/グリゴロヴィッチ振り付け『ラ・バヤデール』(ボリショイ・バレエ団)

ウラジーミル・ステパノフによるプティパ振り付け『ラ・バヤデール』の舞踊譜

決められた振り付けの中で魅せるダンサーのテクニック

バレエの場合は、振付家によって振付けられた通りに踊るのが普通で、勝手に振りを変えたり、即興で踊ることは原則として許されない。

もっとも、回転の回数などは、ダンサーの技量や当日の調子次第。女性ダンサーにとって最高難度の32回連続回転するグラン・フェッテなどは、練習のときにうまく行っても本番で成功させるのはなかなか難しい。最近では、日本人ダンサーのテクニックの向上は著しく、平然とトリプル(3回転)を入れ、観客を熱狂させるケースも少なくない。

英国ロイヤル・バレエ団『白鳥の湖』でのマリアネラ・ヌニェスのグラン・フェッテ(0:35頃から)

演目の白眉は主役カップルのグラン・パ・ド・ドゥ

さてバレエの華、一番の醍醐味は、何と言っても、主役カップルによってバレエの大詰めで踊られるグラン・パ・ド・ドゥである。この形式はプティパによって確立された。①男女2人のアダージオ、②男性ソロ、③女性ソロ、④コーダの4つのパートで構成される。

純粋に踊りの技巧が楽しめ、バレエ・コンサートなどで踊られる機会が多いので、初めての方にも気軽に親しんでほしい。代表的な演目に『海賊』『ドン・キホーテ』『黒鳥』などがある。

キーロフバレエ『白鳥の湖』〜「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」(1:19:32から)

バレエの代名詞! チュチュとポワント(トゥシューズ)

女性ダンサーのポワント(トゥシューズ)は、バレエのシンボルでもある。諸説あるが、大体19世紀の初めにヨーロッパ各地やロシアで始まったらしい。

ポワントは消耗品。プロのダンサーともなれば、一度の公演で履きつぶしてしまうこともあるのだとか。

実際、ポワントの技巧を芸術の域にまで高めたのはマリー・タリオーニで、1832年パリ・オペラ座で『ラ・シルフィード』という妖精が主役のバレエを踊って、大成功を収め、ロマンティック・バレエの隆盛に貢献する。

このとき、タリオーニが着用した衣裳が、ロマンティック・チュチュと呼ばれる、膝下の丈の長い衣裳である。

チュチュの語源は、実ははっきりとは分かっていないが、チュールの「チュ」と、幼児の言葉で「お尻」を意味する「cucu(キュキュ)」の合成語ではないかという説がある。

『ラ・シルフィード』で、ロマンティック・チュチュとポワントを履いて踊るマリー・タリオーニ。

男性はポワントをはかないのか? という質問をよくいただくが、ポワントで踊る例をいくつか挙げておきたい。まず男性ばかりのバレエ団、トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団。このバレエ団は、主に古典バレエのパロディを上演しているが、サン=サーンスの音楽に乗せた名作『瀕死の白鳥』など、パワーがありすぎて抱腹絶倒の面白さ。

通常のバレエ作品では、アシュトン版『真夏の夜の夢』のロバのボトムや、ヌレエフ版『シンデレラ』の継母役の男性舞踊手がポワントで立って踊る例がある。

トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団『瀕死の白鳥』

ともあれ、ポワントはやはりバレリーナの特権である。最後は『瀕死の白鳥』の貴重な映像で、ポワント技巧の粋を味わっていただきたい。踊っているのは、パリ・オペラ座の歴史を築いた名花イヴェット・ショヴィレ。『瀕死』にもいろいろな振り付けがあるが、最初から最後まで爪先立ちで通す例は非常に珍しい。

「伝説」と称されたパリ・オペラ座のイヴェット・ショヴィレによる『瀕死の白鳥』(1967)

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、放送大学ほかで非常勤講師

10歳でバレエを習う。舞踊史家の薄井憲二氏に触発され、舞踊史に興味を持つ。お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊の実技と理論を学ぶ。オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経て...

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