読みもの
2018.09.22
だから、つい聴いてみたくなる。vol.3

日常と非日常を繋ぐ額縁と音楽。西荻窪「Atmosphere」

突然ですが、額縁って意識してみたことありますか? あの絵を飾るときの額縁です。

西荻窪にある額装屋さん「Atmosphere」では、17世紀フランスの宮廷歌曲が流れていて、気に入ればそのCDを購入することもできます。

古い音楽と額縁がこれほど似ていて、こんなに相性がいいなんて......! というお話。

白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

photos:Ayumi KAKAMU

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絵や写真などを壁面に飾るとき、廉価なプラスチックフレームをつけて済ませてもよいところ、あえて額縁にこだわってみると、中身の見え方もまったく変わってくる……それは額縁が、その絵や写真のなかの世界と、建物の壁という現実の一部とのあいだをつなぐ存在だから。

絵や写真の中身だけでなく、それを飾ろうとしている壁面や空間も意識して、どんな額縁を用意すべきか考えるのがプロの仕事。そんな話を最近とある額装店で伺いました。17世紀の歌を聴きながら。

……17世紀の歌?

この豪奢な額、おそらく数世紀前のもの。どんな壁にあったのでしょう。額に目がゆくと、その絵が描かれたあとに辿った歴史にも関心が出てきます。
『ブリューゲル展 画家一族150年の系譜』より(2017~2018年全国巡回・写真は東京会場にて筆者撮影)

数百年前の音楽が流れる額装店「Atmosphere」

西荻窪駅の北口から歩いてすぐ、商店街裏の閑静な道沿いにある。Atmosphere(アトモスフィア)は、バロック以前の古い音楽が好きな額装家さんたちが運営するアトリエ。額装してほしい作品を持っていくと、作品と空間にあわせて額縁を用意してくれるお店なのですが、2017年12月にオープンしたときから店頭には「CDの棚」がありました。

「(埼玉県の志木にある工房に次いで)西荻窪に店を構えることにした当初から、CDを取り扱いたいという思いがありました。古い音楽をたくさん扱っている輸入代理店さんにダメもとで相談したら、快く卸していただけることになって」

と、代表の工藤さん(写真左)。

「額縁の仕事はみんな職人気質で、どういうことをやっているか外向けに発信しない。でも、ぼくらはもっと額装のことを知ってほしくて、人通りのある場所に店を構えることにしたんです。額縁だけでは来る人も限られていて何も変わらないので、ぼくらの好きな音楽=CDも取り扱うようにしたら広がりも出てくるんじゃないかと」

店主の諏訪さん(写真右)も頷きます。

「年1回くらいですがフリーペーパーも作って、額装の世界について紹介しています……音楽のコラムもありますよ」

額装専門でしか使わない素材や道具も売っているのが面白いところ。

「額装の仕事を発信する意味もありますが、たとえば額に年代感を出すための粉を仏師の方が買っていかれたり、ものづくりの方に意外なアピールがある商品もあったりするんですよ」

そうした道具や額をつくる部品を、店頭装飾用の額に入れて飾っているところも。そうすると、脇役であったはずの額の部品や道具が、不思議と主役格のオブジェに見えてきたり……。

 

音楽を通して「額縁」を日常へ

額装ほど高価ではない買いやすい商品として、小さなフォトスタンドやミニフレームもあります(ひとつ1,200円程度)。CDを壁面に飾っておける、ピン止めできる綺麗な金属フレームも手軽に買えるもののひとつ。2000~3000円で入手できるCDも、同じように手を伸ばしやすい価格帯にありますね。

ワイヤフレーム製品はスタッフの大野さんが開発・製作

工房らしい雑然とした感じではなく、人を気軽に迎え入れる小ざっぱりした空間という感じ。この日はフランス17世紀のエール・ド・クール(宮廷歌曲)がかかっていましたが、日によってバッハの室内楽だったり、ルネサンス期英国の鍵盤音楽だったり、ヴィオラ・ダ・ガンバの組曲だったり……と、18世紀以前のさまざまな音楽が響いています。それはもちろん商品の試聴も兼ねていて、棚をみて気になったCDがあれば、実際にかけてくれることも。

「お店って、夢がなくちゃいけないじゃないですか」と工藤さん。「額装のためだけに来るのだと、それなりに費用もかかるから頻繁には来づらい。でもCDだけ見に来る、結果とくに買わないこともある……というのでも入れる場所なら、抵抗感も下がるんでしょうね。徐々にCDの棚にもお客さんがついてきたのは、そういうことなのかな、と」

バロック以前の音楽というと、CDショップでは隅の方に小さくまとめてあったり、大指揮者やスターピアニストたちのアルバムほど大きく注目される機会が少ないこともしばしば。音楽の世界でさえあまり名前を聞かない作曲家も多く、細かな情報がわかりやすく告示されるとは限りません。でもこの空間では、まず「音」から入れる――美術館の音声ガイド(連載第1回参照)と同じく、予備情報なしに、間違いなく額装店のおだやかな内装によくなじむ響きが聴こえていたら、つい関心を寄せずにおれなくなるのも不思議はありません。

「前にかけていた音を覚えていて、あとから買いに来てくれる方もいます。あとCDも“絵”として飾って店頭に飾っていると、こないだここにあったあれ、どうなりました? なんて聞かれたり」

お客さんのなかには、お店をやっていて「自分の店でかける音楽を探しに来る」という方も時々いらっしゃるそう。

そう―― そこで気づいたこと。音楽と額装とは、思いのほか似ているのでは?

日常(壁)と、非日常(絵・写真)とのあいだをつなぐ「額縁」

お店の空間も、どこか非日常的なところがなくては魅力が出ない一方、日常と完全に切り離されてしまうとお客さんは入りづらくなってしまいます。そこで、音楽が両世界のあいだをつなぐ存在として機能するとしたら……。

逆に、自室や移動中などに音楽を聴くときも、まわりの環境から自分を切り離すのではなく、むしろ聴こうとする音楽にあわせた場を探したり、場にあわせて音楽を選んだり、そういう感覚を自分なりに追求してゆくと、音楽体験(非日常)はもちろん、日々の暮らし(日常)も、がぜん濃い経験になってゆくのではないでしょうか。

「だから、つい聴いてみたくなる。」と題したこの連載自体、そういう提案の連続ではあるわけですが、そんなことを体感的に味わえるAtmosphereという空間はぜひ、じかに踏み入れてみることをお勧めせずにはおれません。

Atmosphere(アトモスフィア)

住所:東京都杉並区西荻北3-13-7 ベルハイム西荻窪1F(西荻窪駅北口 徒歩5分)

営業時間:11:00~20:00  

定休日:火曜・水曜

TEL:03-6913-6733

Atmosphereで流れている音楽

エール・ド・クール3曲『ゲドロン コンソートのコンセール』
ル・ポエム・アルモニークAlpha019

J.S.バッハ:フルートと鍵盤のためのソナタより
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白沢達生
白沢達生 翻訳家・音楽ライター

英文学専攻をへて青山学院大学大学院で西洋美術史を専攻(研究領域は「19世紀フランスにおける17世紀オランダ絵画の評価変遷」)。音楽雑誌編集をへて輸入販売に携わり、仏・...

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