読みもの
2023.06.05
ほんとうは“危険”な名曲 #12(最終回)

シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番」~強い表出力に心のリミッターを外される恐怖

クラシック音楽評論家の鈴木淳史さんが、誰でも一度は聴いたことがあるクラシック名曲を毎月1曲とりあげ、美しい旋律の裏にひそむ戦慄の歴史をひもときます。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

Julius von Leypold、Wanderer in the Storm(1835)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

シューベルトの音楽ほど危険な香りがするものはない。この連載を始めたときから、最終回はシューベルトにしようと決めていたほどである。

《野ばら》、《ます》、《セレナード》、《ロザムンデ》など、メロディアスで親しみやすい音楽をたくさん書いた。戦前の名作映画『未完成交響楽』のイメージもあるのかどうか、どこか甘口の作曲家と見られがちなところはあるかもしれない。

ただ、その表現は鮮烈だ。たとえば、《未完成》と呼ばれる交響曲第7番の冒頭楽章や、弦楽四重奏曲第14番《死と乙女》などは、ずいぶんと当時の常識を超えた強い表出力で迫る。ちょっと大袈裟なくらいに。

シューベルト:交響曲第7番《未完成》(トラック1~2)

シューベルトの肖像画(1827年)
続きを読む

さきほど挙げた映画『未完成交響楽』を思い出してみよう。この映画では、フィクションとして、《未完成》交響曲の成り立ちを描く。シューベルトが《未完成》を弾いている途中で(映像にはピアノしか映っていないのに、オーケストラが鳴るという不思議な光景だったような記憶がある)、貴族の令嬢が笑い出す。そして、最後のシーンで再びシューベルトが同じ曲を弾くと、今度はその令嬢が慟哭して失神してしまう。

映画のなかでの意味はまったく違っているのだけれど、シューベルトの音楽のもつ表現の強さを図らずも描いているといっていいのではないか。彼の音楽がつい笑い出してしまうほど強烈であり、また、失神してしまうくらいに心理の奥底に迫るということを。

シューベルトの音楽は異界と隣り合わせ

もっと凄いのは歌曲だ。歌曲集《冬の旅》は、恋に破れた青年が生まれ育った村を出て、精神的におかしくなっていく様子を描く。この音楽がじつに生々しくて怖い。最後の〈辻音楽師〉の冒頭のピアノ・パートなんて、ことあるたびに頭のなかで勝手に鳴り出して、目の前の風景を空虚なものに一変させてしまう。こんな音楽を演奏会で聴いて、みんな無事におうちに帰れるのだろうか、といつも心配になる。

シューベルト《冬の旅》より第24曲〈辻音楽師〉

そうしたものより、もっとヤバいと個人的に思うのが、ピアノ・ソナタだ。とくに後期ソナタは独得な世界がある。その特徴は、日常のなかにさりげなく潜む異界なるものの存在だ。

前を歩いている人が振り向いたら、その顔には目も鼻も口もなかったとか。電車のなかでうとうとして、はっと顔を上げてみたら、乗客が全員樹木になっていたとか。トイレに行こうとドアを開けたら、そこには断崖絶壁で知られる東尋坊の光景が広がっていたとか。うわっ、これはヤバいと思って、慌ててドアを閉め、恐る恐る再び開けてみたら、いつもの家のトイレに戻っているのだけれど。こうした怪奇現象が、シューベルトの音楽のなかでは、ときどき起きてしまう。

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ