ECM、洗練をブランディングしたレーベル Vol.2

その眼差しは何を訴えるのか。あなたの感覚を問う3枚の「古楽」たち

読みもの
2018.10.07

クラシックのイメージを脱ぎ捨て、新しい音楽世界を構築しているミュンヘン発のレーベル「ECM」。創設者マンフレート・アイヒャーの徹底したイメージ戦略のもと、統一感のあるクールなパッケージで他とは一線を画し、一定のファン層を築いている。

第2回は「古楽」に焦点を当てた3枚。私たちから隔たった時代の音楽を、ただ当時のまま再現するのではなく、新たな光を当てるのがECM流。「古楽」「クラシック」に対する先入観がなければ一層ボーダーレスに楽しめるに違いない3枚をご紹介する。

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写真:編集部
選んだ人
オヤマダアツシ 音楽ライター
オヤマダアツシ
選んだ人
オヤマダアツシ 音楽ライター
中学1年生のときにビートルズで音楽に目覚め、ドビュッシーでクラシック音楽に目覚める。 音楽漬けの学生時代を経て、広告コピーライターや各種PR誌の編集業務など...

「音楽による別世界通信」を味わう。

ECMレーベルのCDジャケットには、人の気配を感じさせない別世界的な風景写真が多い。どれもこれもアンドレイ・タルコフスキー監督の映画から借用してきたような、時間が止まった感覚を味わえるものだ。それによって聴き手である私たちの感覚が日常から離れ、新しい世界の音楽として体験できるという一面もあるのだろう。

『Nuove musiche(新音楽)』と題されたディスクも、やや不気味な水の佇まいと荒い土による岸辺、そこに生息する木々を写したジャケット。じっくりと見ていると、音楽がこの風景のためのサウンドトラックに思えてくる。

このディスクは、ロルフ・リスレヴァンというリュート/ギター奏者が主役。仲間たちによる歌(ソプラノ)や楽器(古い時代のハープやオルガン、クラヴィコードという小型のチェンバロ、スウェーデンの民俗楽器であるニッケルハルパなどなど)が彼をサポートしている。

収録されているのはすべて、16世紀後半から17世紀中盤、つまりルネサンス期からバロック期にかけて生きた作曲家たちによる音楽。ちなみに日本では、戦国の乱世から江戸幕府政権へと移行した時代だ。

クラシック音楽シーンでは「古楽(アーリー・ミュージック)」と呼ばれるカテゴリーであり、J.S.バッハを最終ランナーとするバロック以前の音楽を総称して、こう呼んでいる。素朴な響きをもつ古楽は熱心なファンも多く、タイムトラべルをしているような気分も味わえるため、歴史ファンの知的好奇心も刺激してくれるだろう。

リンクしたジョヴァンニ・ジローラモ・カプスベルガーという作曲家の《Arpeggiata addio》という曲は、香しいヴェールの向こうから聴こえてくるようなリュート(いやギターだろうか)の響き、虫の声らしき環境音、しばらくして聴こえてくる天女の声のようなソプラノ・ヴォイスに心惹かれる。これはひょっとすると、未知のアンビエント系ミュージックを発掘したかと思える不思議な感覚。音楽による別世界通信。ディスクに収録されている曲を聴き進めていくと、アラブ風ワールド・ミュージックのテイストにあふれたトラックもあり、ヨーロッパ音楽の中に息づくルーツについても思いを馳せてしまう。

どこか知らない場所で響く不思議な音楽。

ECMは、古い時代の音楽であっても「作曲当時の演奏を再現する」といった考古学的なアプローチをするわけではない。そこには「たとえ作られた時代は古くても新しい響きの創造精神を忘れない」という気概があり、それこそがクラシック音楽系レーベルと一線を画するECMならではのモットーなのだ。

どこかの教会か修道院の庭にでも佇んでいるのだろうか。

蜘蛛の巣が張ったようにも見える石像をジャケット写真にしたディスク『オフィチウム』は、グレゴリオ聖歌が癒やしの音楽として世界的なブームとなっていた、1990年代にリリースされている名盤。その内容は16世紀以前に生まれたと考えられる古い時代の聖歌などに、まったく新しい時代(19世紀以降)の楽器であるサクソフォンを加えるという大胆なものであり、考古学的手法に反旗を翻したようなアプローチだった。しかし、このカウンター・カルチャー的な発想こそがECMなのだ。

それにしても「いかにも宗教音楽のディスクですよ」と圧をかけながらアピールしてくるこのジャケット写真を見ていると、このディスクで聴けるのは、どの地にあるのかわからない「この写真の教会もしくは修道院」だけで聴けるスペシャルな音楽ではないか、とさえ思えてくる。もしかすると地球外、いやこの世の地ではないどこかで響く音楽だと思えば、想像の翼は広がっていく。

新感覚を試される踏み絵のような一枚。

同じ「古楽」を収録したディスクでも、こちらの不気味なジャケット写真は、心を射抜かれるような迫力を感じてしまう。この写真、実はジャン=リュック・ゴダール監督の映画『映画史』よりピックアップされたものらしい。“なんでもお見通しですよ”とささやくように見える目は私たちに何を迫り、何を問うのか。

このディスクのタイトルは『モリムール(われら、死す)』。収録されているのはバロック音楽の、いやクラシック音楽シーン全体の神的な存在であるヨハン・セバスティアン・バッハの音楽だ。

有名なヴァイオリン曲《シャコンヌ》を含む《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番》を軸に据え、カンタータや《マタイ受難曲》で歌われる祈りの歌を加えて、ひとつの物語のように再構成したというもの。

これもまた「この新しい感覚、あなたには理解できるの?」と問うてくるECM流の挑戦状かもしれず、ジャケットの石像をじっと見ていると「新しい音楽にコミットするための踏み絵なのかもしれない」という恐怖さえ感じてしまう。

ECMは、聴き手の音楽に対する意識を変えるばかりではなく、音楽そのものの価値観をも変えてしまうレーベルなのだ。

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