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2024.10.21

モーツァルトの「新発見」作品「K. 648」は真作か?音楽学者・安田和信が解説

この秋、音楽好きの間で話題となっている、モーツァルトの作品が新たに「発見」されたというニュース。死後230年あまりが経ってもなお、このような発見があることに驚かされます。学術的には、いったいどのような点が根拠となるのでしょうか?モーツァルトが専門の音楽学者、安田和信さんに解説していただきました。

安田和信 音楽学

桐朋学園大学准教授。桐朋学園大学附属子供のための音楽教室鎌倉・横浜教室、富士教室室長。専門はW.A.モーツァルトを中心とした西洋音楽史。国立音楽大学や東京藝術大学で非...

バーバラ・クラフトによるモーツァルトの肖像画(1819年)。モーツァルトの死後に想像で描かれたもの

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ライプツィヒ市立図書館のコレクションの中から発見

この秋、モーツァルトを巡る話題が注目されている。およそ60年ぶりのケッヘル目録改訂もそうだが、これまで知られていなかったとされる作品が新たに「発見」されたというのは、ビッグ・ニュースである。

ライプツィヒ市立図書館のBecker-Sammlungと呼ばれるコレクションに含まれるマニュスクリプト(手稿譜)Eine ganz kleine Nachtmusick(「とても小さな夜の曲」の意)、新たなケッヘル目録*K. 648とされた作品の発見はとりわけ反響が大きい。

このマニュスクリプト(以下LMと略記)についての詳細はまだ明らかになっていない。自筆譜でないのは確実だが(パート譜を作曲者自身が書くことは稀)筆跡や紙の状態から1780年頃に作成されたコピーであるらしい

*ケッヘル目録:オーストリアの音楽学者ケッヘルによるモーツァルトの作品目録。作曲年代順に作品整理番号(ケッヘル番号)がつけられている。改訂が重ねられ、2024年の改定版は第9版となる

▼2024年9月19日にザルツブルクのモーツァルテウムで行なわれた世界初演の映像

状況証拠はナンネルが出版社に宛てた書簡

一方で、真作とする根拠が皆無というわけではない。LMのタイトルページには右下側にDel Sigl: Wo[l]fgang Mozart、つまり「ヴォ[ル]フガング・モーツァルト氏による」と書かれている点は、ひじょうに素直に考えれば、モーツァルトの作品であることを示す(lが抜けているとはいえ)

コピスト(写譜者)不明(現時点で)の資料に記された作者名を鵜呑みにはできないが、真作の可能性を残す間接的な史料がある。それは、モーツァルトの姉マリア・アンナ、通称ナンネルが1800年2月8日付で、ライプツィヒの出版社ブライトコップ&ヘルテルへ宛てた書簡である。

マリア・アンナ・モーツァルト(通称ナンネル、1785年頃)

モーツァルトの死後、ブライトコップやオッフェンバッハのアンドレなどの出版社はナンネルや未亡人のコンスタンツェとコンタクトを取り、作品の提供に関する交渉を行なっている。先の書簡もその文脈で生まれたもの。ナンネルはごく初期のシンプルな作品ゆえにそれまで言及していなかったと断った上で、「2つのヴァイオリン、バッソからなるeine ganz kleine Nachtmusick[ママ]」が手元にある旨、書き送ったのである。ケッヘル目録第6版ではこの記述を元に⁶K. 41gとされ、消失した作品とみなした。

ナンネルが記した楽器編成はLMと一致している。そのタイトルページには中央にSerenata Ex C/Violino Primo/Violino Secondo/è/Basso.と記されているからである。セレナータつまりセレナード*というタイトルはナンネルの記述とは異なるが、Nachtmusick、つまりNachtmusik(夜の曲)はSerenataと互換性のある用語と考えることができる(ナンネルは作品の調に触れていないので、LMで伝わる作品が Ex C、つまりハ長調であることが証拠たり得ない点は残念)

「ひじょうに小さいganz klein」というナンネルの形容は、全体が15分程度の長さであることを踏まえれば、LMと矛盾するとまではいえない。

自筆譜が確認できなければ、疑作の可能性は消えないが、以上の状況証拠は真作の可能性を残すであろう。

*セレナード:もとは、夜9時頃、戸外で恋人や貴人のために演奏される声楽曲、および器楽曲を意味する用語。18世紀半ばには、多楽章の小編成合奏音楽として発展した。モーツァルトの作品がその代表例で、やはりなんらかの機会のために作曲されたものが多い

セレナードを描いた絵画(ジュール・ウォルム作、1888年頃)

「ヴォルフガング」の作者名が作曲年代の手掛かりに

ところで、仮に真作だとすれば、いつ頃の作品であろうか。これについては、作者名の表記が手掛かりとされる。LMの「ヴォ[ル]フガング・モーツァルト氏による」という表記が作曲者の署名の仕方に直接由来すると仮定した場合、ミドルネームとしてイタリア語の「アマデーオAmadeo」やフランス語の「アマデーAmadé」を用いず、いわばファースト・ネームのドイツ語である「ヴォルフガングのみを用いた点が1769年以前の作品であることを示唆する。同年の第1回イタリア旅行からは「アマデーオ」を用いることになるからである(「アマデー」は1777年頃以降)

楽器編成と楽章構成から推測されること

次に、実際に作品の「中身」に簡単に触れておきたい。1760年代後半とすれば、器楽ジャンルではすでにシンフォニーを書き、伴奏付きソナタを出版するといった経験をした時期の作ということになる。筆者の感覚では、この推測は妥当と感じる。

楽器編成は上声部がヴァイオリンと明記されている一方で、最低声部が「バッソ」としか記入されていない。楽器の指定がないためチェロ、コントラバス、あるいは管楽器のファゴット、さらには通奏低音と解釈してチェンバロやフォルテピアノのような鍵盤楽器を使用する可能性が残される。

また、各パートの人数が複数なのか一人ずつなのかといったことも明確ではない。18世紀後半では、我々が弦楽四重奏曲と呼ぶレパートリーを弦楽合奏で演奏することもあった。楽器の種類や奏者の人数を厳密にしようとしがちな後世とは考え方が異なるのだろう。

なお、これと同様な編成と考えられる作品はいわゆるザルツブルク時代の「教会ソナタ」の一部、「アダージョとメヌエット」K. 266(1777年?)を挙げることができる(父レオポルトの作品にも見られる)

▼モーツァルト:アダージョとメヌエットK. 266(Eine ganz kleine Nachtmusikと同様の編成)

全体は以下の7楽章で構成されている。

  行進曲

II  アレグロ

III メヌエットとトリオ

IV ポロネーズ(Polonoise)

アダージョ

VI メヌエットとトリオ

VII フィナーレ アレグロ

行進曲、複数のメヌエット/トリオ楽章を含む点は、ザルツブルク時代のオーケストラ・セレナード、ディヴェルティメント*などに近い。全体の主調がハ長調なのに対し、カンタービレが展開される第5楽章アダージョのみが下属調*のヘ長調を採り、他の楽章と性格を異にすることが明確である。冒頭の行進曲とアレグロは、1760年代のモーツァルトによく見られた「再現部*が途中から始まるソナタ形式」による。

*ディヴェルティメント:18世紀後半に南ドイツ、オーストリア、ボヘミア地域で、さまざまなタイプの多楽章の器楽曲に付けられた名称。セレナード、ノットゥルノなどの名称と明瞭な区別はない。さまざまな楽器編成のものがある

*下属調:ある調の完全5度下の調。たとえばハ長調に対するヘ長調

*再現部:ソナタ形式において,展開部に続いて提示部をくり返す部分

シンプルな形式で聴きやすい ぜひ演奏され続けて

第2楽章の「再現部」を例外として、4ないし8小節のフレーズを基本としており、形式がおしなべてシンプルである点も興味深い(ザルツブルク時代の舞踊用メヌエットの方がよほどフレーズの長さは多様)。ただし、メヌエット/トリオ楽章、さらにはポロネーズの各部分は同じ8小節の長さで統一しているとはいえ、同様な形式のフレーズを続けるということはしていない。こうした所に非凡なセンスを感じられるであろうか。

15分ほどの規模で聴きやすく、一時の流行で終わらずに演奏され続けてほしいと筆者は願っている。だが、2つのヴァイオリンとバッソという編成はトリオ・ソナタ*風な編成には合致するとはいえ、弦楽四重奏にも、通常はヴィオラを含む弦楽三重奏にもハマらない。これがネックになり、取り上げにくくなるとしたら残念としか言いようがない。ぜひとも、多くの人々によって演奏され、聴き続けられんことを!

*トリオ・ソナタ:バロック時代における室内楽の中心的な形式のひとつ。対等な上2声とそれを支える通奏低音の3声書法であるためにこの名でよばれる

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ドイツ・グラモフォンが提供する音楽と映像の配信サービス「ステージプラス」では、2024年10月7日にモーツァルテウム音楽院で収録された「Eine ganz kleine Nachtmusik K. 648」の初の映像付き録音を無料公開中!

■奏者

レオンハルト・バウムガルトナー(ヴァイオリン)、マルガリータ・ポチェブト (ヴァイオリン)、ヴェンヤ・ドーゼ(コントラバス)、オスカー・ヨッケル (チェンバロ)

 

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安田和信 音楽学

桐朋学園大学准教授。桐朋学園大学附属子供のための音楽教室鎌倉・横浜教室、富士教室室長。専門はW.A.モーツァルトを中心とした西洋音楽史。国立音楽大学や東京藝術大学で非...

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