読みもの
2022.08.31
「心の主役」を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング

第3回モーツァルト《フィガロの結婚》〜男は愛嬌、女は度胸

音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する連載。第3回はボーマルシェ原作モーツァルト作曲の不朽の名作《フィガロの結婚》。主要登場人物の中で、飯尾さんが一番注目するのは誰?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

チェコの肖像画家、歴史画家ハインリッヒ・ハンス・シュリマルスキー作『モーツァルト フィガロの結婚』

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傑作《フィガロの結婚》の心の主役を探せ!

名作オペラについて、自分なりの「心の主役」を探す連載第3回は、モーツァルトの《フィガロの結婚》。

もし、これからオペラに親しむ人のための「三大オペラ」を挙げよと言われたら、ビゼー《カルメン》(第1回)、リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》(第2回)、そして今回のモーツァルト《フィガロの結婚》だと思っている。

《フィガロの結婚》の音楽は神がかっている。一作のオペラに聴きどころとなるアリアや重唱がいくつか入っていればそれだけでも名作の仲間入りを果たせるものだと思うが、《フィガロの結婚》はまるで頭から尻尾までぎっしり餡がつまったたい焼きのようなもの。全編が聴きどころなのだ。モーツァルトの天才性をこれほど痛感する作品もない。

物語は階級の対立、権力者の横暴というシリアスなテーマをボーマルシェの原作から引き継いでいるものの、ダ・ポンテの台本は特権階級批判よりもコミカルなドタバタ劇に焦点を当てている。18世紀のラブコメなのだ。

ボーマルシェ(1732~1799)18世紀フランスの劇作家。『フィガロの結婚』を含む「フィガロ三部作」が名高い。第1作『セヴィリアの理髪師』は19世紀にロッシーニが、第3作『罪ある母』は20世紀になってからミヨーがオペラ化している。
ロレンツォ・ダ・ポンテ(1749~1838)
イタリアの詩人・台本作家。サリエリ、ソレールなどに台本を提供したが、特に有名なものはモーツァルトと共作した3作品《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》、《コシ・ファン・トゥッテ》の通称「ダ・ポンテ三部作」。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)
《フィガロの結婚》あらすじ

ともに伯爵家の使用人であるフィガロとスザンナは今日にも結婚式を挙げようとしている。しかし伯爵はスザンナを狙って、廃止した領主の初夜権を復活させようと目論んでいる。女中頭のマルチェリーナは借金の証文をたてにフィガロとの結婚を訴えている。伯爵の小姓ケルビーノは思春期を迎えて、女性とあらばだれにでもときめいてしまう年頃。その節操のなさを見咎められて、伯爵から軍隊行きを命じられてしまう。

夫の愛がすっかり冷めてしまって嘆く伯爵夫人は、スザンナとともに伯爵を懲らしめようと策を練る。裁判でフィガロとの結婚を要求するマルチェリーナ、裁判を切り抜けようと出自を明らかにするフィガロ、窮地に陥ったケルビーノら、登場人物たちのさまざまな思いを交錯させながら、計略と誤解の末、最後はすべてのカップルに喜びが訪れる。

発表! 《フィガロの結婚》のキャラクター別 共感度

フィガロ 共感度 ★★☆☆☆

物語の主役。どんな苦境も機転を利かせて解決してしまう知恵者といった役どころ。アニメやマンガに登場する「どんなピンチも余裕綽々で切り抜ける無敵キャラ」みたいな雰囲気を感じるのだが、よくよく考えてみるとフィガロは運に助けられて窮地を切り抜けている。たまたまケルビーノへの辞令に判がなかったとか、たまたまマルチェリーナが自分の母親だったとか(!)。それでも自信満々でいられる楽天家ぶりには羨望を覚えずにはいられない。いったいその自信はどこから来るの?

策略を隠して、ケルビーノの出征を祝う(ふりをする)フィガロのアリア「もう飛ぶまいぞこの蝶々」

スザンナ 共感度 ★★★★☆

実のところ機転を利かせているのは主にスザンナのほうであって、フィガロではない。幕が開いた時点で、フィガロのほうは伯爵の企みにすら気づいていない。聡明なヒロインで、いちばん頼りになるのはこの人。

スザンナのレチタティーヴォとアリア「とうとうその時が来たわ~早くおいで、美しい喜びよ」

フィガロ(以下のイラストはすべてエミール・バヤールが戯曲の挿絵用に描いたもの)
スザンナ

アルマヴィーヴァ伯爵 共感度 ★★★☆☆

この物語でもっとも興味深い人物。一見、横暴な権力者だが、伯爵のようにすべてが自分の思い通りになると思い込んでいる人は現代社会でもよく見かける。

前日譚の「セビリアの理髪師」では純粋な好青年だったのに、月日が流れて別人のように傲慢になってしまった。本当によくある話で、伯爵のような権力者ならずとも、狭い世界で長年生きていると、たいていの人は多かれ少なかれこんな風になるものでは。伯爵は権力を持つが、行動や思考に一貫性のないところに弱さが垣間見える。

実のところ、なんでも思い通りになると信じているのはフィガロも同じ。伯爵とフィガロは領主と使用人でありながら合わせ鏡のような存在にも見える。

伯爵のアリア「起訴に勝ったと!」

伯爵夫人 共感度 ★★★☆☆

「セビリアの理髪師」でめでたく伯爵と結ばれたロジーナが、今や夫の浮気心に苦悩することになろうとは。切ない。音楽からも気高い精神が伝わってくるが、スザンナの衣装を着用して伯爵をだまそうなどという作戦を実行してしまうのだから、かなり度胸のある人でもある。肝っ玉貴婦人と呼びたい。

夫の浮気に悩み、死にたいとまで嘆く伯爵夫人のカヴァティーナ「愛の神よ」

アルマヴィーヴァ伯爵
伯爵夫人

ケルビーノ 共感度 ★★☆☆☆

どんな女性にでも恋してしまう思春期の少年という役どころだが、むしろどんな女性もケルビーノをかわいいと思ってしまうような美少年であることがケルビーノの本質。しかも小姓であるからには家柄もよいのだろう。怖いものなしのふるまいにも納得がゆく。

もしこの小姓がパッとしない地味男子だったら、言い寄られるたびに女たちは「キモッ!」と言い放つだろうし、だれも女装させようとは思わない。男たちから嫉妬されることもなかっただろうし、「軍隊に行け」などと命じられることもなかったはず。一言でいえば「うらやましいヤツ」。

伯爵夫人にケルビーノが歌うアリエッタ「恋とはどんなものか」。

ケルビーノ。原作ではシェリュバン。
原作者ボーマルシェの序文には「シェリュバンは若く、とても美しい女性にしか演じられません」とあり、モーツァルトのオペラでも女性歌手によって演じられる。

マルチェリーナ 共感度 ★★★★☆

ずっと年下のフィガロに契約を盾に結婚を要求する。そんな相手の気持ちを無視した結婚などうまくいくはずがないのに……と思っていたらフィガロが息子だと判明する。フィガロが気になってしかたがなかったのは、血のつながりゆえなのか!? 母の愛、おそるべし。

とはいえ、一歩まちがえば実の息子と結婚する事態になっていたわけで、この物語でもっともスリリングな体験をしたのはこの人。ヒヤリハット事例として心に留めておきたい。

花嫁スザンナと恋敵?マルチェリーナの小二重唱「お先にどうぞ、奥さま」通称「喧嘩の二重唱」。年齢のことを言われるとキレるマルチェリーナ。今も昔も女性に年齢の話をしてはいけません。

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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