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2024.07.03
ガブリエル・フォーレ没後100年に親しみたい

フォーレ入門「高度に洗練された音楽を楽しむことは、人生に新しい力を獲得すること」

今年2024年は、フランスの作曲家ガブリエル・フォーレの没後100年に当たります。フォーレの音楽は響きが独特で素敵だけれど、どこかつかみどころがないような気がしませんか?
「レクイエム」が有名なフォーレですが、歌曲やピアノ曲も旋律とハーモニーが美しく、知らずに愛好している方も意外と多いのです。
そんなフォーレの魅力や入門者へのおすすめ曲を、フォーレを愛するピアニストの花岡千春さんに教えていただきました。

花岡千春
花岡千春

東京藝術大学器楽科ピアノ専攻卒業。同大学院ピアノ専攻科修了。安 川加壽子に師事。 大学院修了後直ちにフランスに留学。パリ・エコール・ノルマル音楽院にてコルトーの高弟ジ...

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)

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没後100年を迎えるフォーレの音楽は、フランス音楽のもっとも純度の高い結晶だと言えるでしょう。ドビュッシーやラヴェルももちろんフランス的ですが、彼らはよりインターナショナルな要素の多い作曲家であると言えると思うのです。

フォーレには、彼しか持っていない、不思議な土着性のようなものがあります。土着性などと書くと、なんだか垢抜けない音楽を想像するでしょうか? とんでもない! いかにもフランス人らしい精妙な色彩感覚と粋、意外な素朴さ、含羞、といった要素は、フォーレの音楽の根幹です。そしてそれらに加えて、フォーレの場合は、第一級の「洗練」が加わるのです。

生まれ持った高貴さとハイクラスな場で身につけたマナー

幼くして才能を認められ、少年時代に単身南仏からパリに上ってきたフォーレは、在籍したニーデルメイエール校校長のニーデルメイエール氏に可愛がられ、彼に連れられて、早くから上流階級のサロンに出入りしていました。そのためか、ハイクラスな場での立ち居振る舞いも早くから自然に身につけたのでしょう。ドビュッシーなどとは、それが少し異なるところです。

ニーデルメイエール校校長のルイ・ニーデルメイエール。廃校になっていた古典宗教音楽学校を1857年に再興し、自らの名を冠した。フォーレはこの学校で9歳から20歳まで過ごし、同校のピアノ教師で年齢が近かったサン=サーンスとは、生涯の友となった

もちろん品格や洗練というのは、そうしたマナーだけではなく、生まれ持ったノブレスnoblesse(高貴さ)がなければお話にならないのですが、フォーレは生来のそれとマナーの両方を、理想的な形で持っていたのです。

プルーストの『失われた時を求めて』の登場人物のモデルたち、グレフュール伯爵夫人、モンテスキュー伯爵らや、当代随一の芸術のパトロネスだったポリニャック大公妃との関わりで、フォーレの名作が次々と生み出されています。

グレフュール伯爵夫人は美貌で知られ、パリ、フォーブール・サン=ジェルマンのサロンの女主人だった。プルースト『失われた時を求めて』の登場人物であるゲルマント公爵夫人のモデルのひとりで、ディアギレフ率いるバレエ・リュスのパトロンでもあった。フォーレは「パヴァーヌ」Op.50を献呈している

弟子のラヴェルのローマ大賞*落選事件の結果、パリ高等音楽院出身でないフォーレが、学長に選出されました。経済的には決して恵まれなかった彼が、中年になって突然こうしたポストに就き、さまざまな改革を果敢にしたことも、看過できないことです。

南仏出身のむしろ陽気な気質のフォーレが、ロベスピエールなどというあだ名を頂戴するような、思い切った改革を断行したことが、現在のパリ高等音楽院の隆盛の基盤を作ったと考えられています。

*ローマ大賞:フランス美術アカデミーの作曲部門で、毎年の選考の結果、第1位の大賞受賞者には4年間のローマ留学が認められた。フランスの作曲家の登竜門で、受賞者にはベルリオーズ、ビゼー、ドビュッシー、デュティユーらがいる。

パリ高等音楽院の院長となった1905年に撮られたフォーレの写真。その後15年間院長の座にあり、思い切った改革を行なった

決して出しゃばることのない静謐な音楽

ところで、一昨年僕の校訂したフォーレのピアノ小品集が音楽之友社より刊行され、すでに4版を重ねました。割と知られているオーケストラや連弾の作品のピアノ独奏用編曲に、最初期と最晩年の(少し難渋な)ピアノ作品を組み合わせたのには、深いわけがあったのですが、それはともかく、こんなに皆さんの手に取っていただいていることは嬉しいことです。

《パヴァーヌ》《夢のあとに》《月の光》などは、美しい旋律とハーモニーで、なんともいえない雰囲気を醸し出しています。これらの作品は、BGMやコマーシャル音楽にも多用されていますが、フォーレの作品が纏っている雰囲気は、現代の音楽ともごく自然に共存し得るものです。クラシック音楽ファンならずとも、いわゆる隠れファンや、彼の作品とは知らずにそれらを愛好している人は意外に多いのです。

しかも、フォーレの音たちは、圧倒的な品格で、現代の音楽の中でも屹立しているのです。それなのに、その存在感の現れは極めて静謐なもので、決して出しゃばることがありません。フォーレを愛する人たちは、実はこうした謙虚な側面も、知らず知らずのうちに感知し、そういった面も愛しているように思います。

フォーレは弾き手の高度な感受性を養う

大向こうを唸らせるような派手な作品は少ないですし、実のところ複雑な書法の細やかさなどのため、記憶するにはかなりの危険を伴うということが、音大の試験やコンクールなどでなかなか弾かれない理由だと思います。しかし、それらの作品に向き合うことで、ハーモニーに対する極めて繊細で高度な感受性を養うこともできるように思います。

一音一音をたどりながら,それらの曲が自らの裡に構築されていくとき、見えてくるものは、その時点での弾き手の音楽的な力によって異なります。とくに後期の作品では、そういった傾向が強いように思います。しかし、極めて限られた数の音による、老練でしたたかな設えの音楽が見えてくる喜び(!)は、たとえようもないものです。

日本を代表するフォーレの演奏家、井上二葉先生が、93歳にして行なった昨年(2023年)のリサイタルは奇跡のような時間でした。それは生涯をかけて真摯にフォーレを演奏されてきた先生だからこそ到達された境地でした。と同時にフォーレという作曲家の精神性の高さをも表す時間だったように思います。先生の厳しい探究の前で、常に毅然と揺るがない音楽は、いわば絶対に「裏切らない」音楽ではないか、と感じたのでした。

かつてただのサロン音楽家と揶揄されて、フォーレが軽く見られていた時代は終わったと思います。ごく初期の少し甘めの作品にさえ、実は高度の洗練と純度が極めて自然な流れの上に在るのです。

フォーレ入門はこんな曲から

まずはフォーレの音楽を心に浴びてみてください。ピアノのための夜想曲舟唄の数々、典雅で情熱的なバラードヴァイオリン・ソナタの第1番チェロの小品たち、初期の歌曲や「優しい歌」「5つのヴェネチアの歌」といった歌曲集もありました。最初は耳に馴染んでくれなくとも、いずれ必ず心と共振してくれます。フォーレを楽しみ、いつくしむ心を持つことは、人生に新しい力を獲得することでもあると思います。

フォーレ:夜想曲

フォーレ:舟唄

フォーレ:バラード 嬰へ長調 Op.19

フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番(トラック1~4)、チェロの小品:エレジーOp.24、蝶々Op.77、ロマンスOp.69、セレナードOp.98、シシリエンヌOp.78(トラック4~8)

フォーレ:「優しい歌」(トラック24~32)「5つのヴェネチアの歌」(トラック11~15)

大人のピアノ初心者におすすめのフォーレの曲 3選

無言歌第3番  Op.17-3

シシリエンヌ Op.78(ピアノ編曲)

舟唄第1番 Op.26

(筆者・選)

楽譜情報

標準版ピアノ楽譜
フォーレ ピアノ小品集
New Edition 解説付

フォーレ 作曲/花岡千春 校訂・運指・解説

フォーレのピアノ作品として非常に重要な4作品と、フォーレの時代に出版された編曲7作品(それらは生前のフォーレの認可を得たもの)を収録。編曲作品は、今や楽譜の入手が困難になっているものを中心に、美しく、何よりピアノソロで再現するのが楽しい作品ばかりを選曲した。校訂、解説、運指、ペダルは国立音楽大学教授の花岡千春。楽譜は自筆譜、初版、編曲作品については原曲譜を参照し、校訂報告は注釈で記した。フォーレを取り巻く環境も書かれた解説は楽曲への理解を深いものにする。指づかいは日本人の手の大きさに合わせた実用的なものを、ペダルはフォーレ自身の演奏はもちろん、マルグリット・ロン、ティッサン・ヴァランタンらの演奏も参考にしている。

収録曲

3つの無言歌 Op.17 
カプリッチョ(「8つの小品 Op.84」より)
幻想曲(「8つの小品 Op.84」より) 
フーガ(「8つの小品 Op.84」より)
アダジェット(「8つの小品 Op.84」より)
即興曲(「8つの小品 Op.84」より)
フーガ(「8つの小品 Op.84」より) 
アレグレス(「8つの小品 Op.84」より) 
ノクターン(「8つの小品 Op.84」より) 
即興曲第5番 Op.102 
前奏曲 Op.103 
夢のあとに Op.7 
子守歌 Op.16 
月の光 Op.46 
パヴァーヌ Op.50 
子守歌(「ドリー Op.56」より) 
ミ=ア=ウ(「ドリー Op.56」より)
ドリーの庭(「ドリー Op.56」より)
キティ=ヴァルス(「ドリー Op.56」より)
タンドレス(「ドリー Op.56」より) 
スペイン舞曲(「ドリー Op.56」より)
シシリエンヌ Op.78 
糸をつむぐ女 Op.80 

花岡千春
花岡千春

東京藝術大学器楽科ピアノ専攻卒業。同大学院ピアノ専攻科修了。安 川加壽子に師事。 大学院修了後直ちにフランスに留学。パリ・エコール・ノルマル音楽院にてコルトーの高弟ジ...

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