フランスの夏至は音楽のお祭り! 路上や公園、ヴェルサイユ宮殿で楽しむ『雅やかな宴』
実はかなり高い緯度にあるフランス。パリは北海道の稚内市よりも北に位置し、夏至の日の入りは22時! 国の政策もあり、この日にはフランス国内のあらゆる場所で、あらゆる人々が音楽を演奏したり、聴いたりして楽しみます。
声楽家の小阪亜矢子さんが、留学時代に参加したフランス夏至の風物詩、音楽のお祭り(フェット・ド・ラ・ミュジーク)から、ドビュッシーの名作《雅やかな宴》に思いを馳せて紹介してくれました。
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...
夏といえば祭りだ。フランス語で言えばfête(フェット)である。
フェットというのは汎用性の高い言葉で、仲間内の週末の飲み会から打ち上げ、大規模な宴会や盆踊りのようなお祭りまでフェットで済む。おまけに短い言葉で言いやすいので、筆者の在仏時は、日本人同士が日本語で話すときも、飲み会を「フェット」と言っていた。
国が定めたフランス夏至の定番「フェット・ド・ラ・ミュジーク」
夏本番ではなく夏至の祭り、それがFête de la Musique(フェット・ド・ラ・ミュジーク)と呼ばれる音楽祭である。夏至のころは基本的に年度末で、学生にとっては期末試験がだいたい終わったころ。さらにバカンスに旅立っていないので、人はまだ都会にいる。
フランスは高緯度地方なので、夏になると、とにかく昼が長い。夏至となるといつまでも明るい。そして梅雨がない。よって人々は路上や広場で夜まで(22時半くらいでも明るいので、夜の定義はよくわからないが)音楽を演奏することができる(もちろん申請と許可は必要なのだが)。あちこちの街角でアマチュアやセミプロがこぞって演奏する。プロも野外ステージなどで気楽な公演を打つ。
Fête de la Musiqueの歴史は比較的新しい。1981年にフランス文化大臣が「ジャンルのヒエラルキーも起源も関係なく」皆で音楽を楽しもうと呼びかけ、翌82年から始まったという(文化・通信省HPより)。
暇な音楽学生だった筆者も2009年と2010年のFête de la Musique に参加した。友人の知り合いの音楽好きな不動産屋さんが、店舗の前を解放して、ちょっとした演奏コーナーを作っていたのだ。不動産業者氏は声楽の愛好家で、自身も歌ったり、アマチュアの合唱団の指揮をしたりする、気のいいムッシューだった。私たちは日本人らしく浴衣などを着て、せっかくなので日本の歌を歌ったりした。
筆者友人がパリのFete de la Musiqueで歌った山田耕筰:松島音頭
通りすがりの人が「話半分」という様子で、紙コップのワインを片手に音楽に耳を傾ける様子はとても心地がよかった。ヨーロッパで歌うときに感じる心地のよさは、お客さんが音楽に没入しきるわけでも、BGMとして完全に無視するわけでもなく、自分自身を持ったまま主体的に聴いたり聴かなかったりして、かつ演者に積極的に反応してくれるところだと思う。こうした場でよくそれを感じた。
Fête de la Musiqueはフランスだけではなく、世界各地で行なわれている。日本でも、夏至の当日ではないが、アンスティテュ・フランセ(旧・日仏学院)において、前後の休日を使って音楽祭が行なわれている。やはり内容はさまざまだ。野外ステージでポップスのビッグネームがライヴをしているかと思えば、語学の教室でルネサンス音楽が奏でられ、一方ホールではピアノの学生がドビュッシーを弾いていて、玄関ホールでは沖縄民謡が……といった具合である。
今年は残念ながら改装のためお休みだそうなので、来年以降にまた開催されることを願いたい。
現代に蘇った王族の愉しみ『雅やかな宴』
近代フランス歌曲を歌う筆者にとっては、フェットといえばFêtes galantes(フェット・ギャラント=雅やかな宴)と呼ばれる詩と歌曲である。もともとは、ヴァトーなどの絵に描かれる18世紀ごろのフランス貴族の、雅な宴とそれに伴う逢引の様子を指すが、その100年後の19世紀末に詩人ヴェルレーヌらがその題材で詩を書いた。それが作曲家たちに霊感を与え、美しく、いかがわしい歌曲が多く生まれたのである。
ドビュッシー:『雅やかな宴』第1集
高い木の梢がなす
うす暗がりの下で
二人の恋にこの深い
静寂を入り込ませよう
溶けてゆく 二人の魂と心
恍惚の手ざわり
松林と山桃のはざまの
ぼうっとした気だるさに《雅やかな宴》より「ひそやかに」
ポール・ヴェルレーヌ詩 小阪亜矢子訳
Fêtes galantesは月明かりの下で貴族が仮面劇に興じたり、森の薄暗がりで恋人と過ごしたりする屋外のイベントだ。寒いヨーロッパの冬にできるわけがないので、夏至でなくとも夏か、春の宵といったところだろう。
現代人も惹きつけてやまないFêtes galantesだが、近年では毎年 5月にヴェルサイユ宮殿で再現されている。チケットを購入すれば一般でも参加することができ、日本からも参加者があるようだ。
夏至のヴェルサイユでは仮面舞踏会が一般にも開放
夏至の話に戻すと、その時期のヴェルサイユでは仮面劇ならぬ仮面舞踏会が、2011年から行なわれている。参加者はロココ風の衣裳に身を包み、仮面をかぶって参加する。衣裳・仮面なしでは入場を断られるとあった。
かつて王侯貴族が互いの身分を隠して、踊りや酒や色事に興じた仮面舞踏会に、今では文字通り誰でも参加できるようになったというわけだ。垣根を取り払ったさまざまなフェットが、今後も続いてほしいものである。
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