《椿姫》のモデルとなったマリー・デュプレシ。その数奇な運命と美化された恋愛物語
オペラには、歴史に実在した有名な女性が数多く登場します。彼女たちはオペラを通じて、どのようなヒロインに変貌したのでしょうか? 今回の主人公は、1840年代のパリで名を馳せた高級娼婦マリー・デュプレシ。彼女の数奇な人生、そしてヴェルディ《椿姫》の原作小説にデュマ・フィスとの恋愛がどう結実したのか、さらには椿姫像と重なる作曲家の伴侶の姿を見ていきましょう。
東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院博士課程満期退学(音楽史専攻)。音楽物書き。主にバッハを中心とする古楽およびオペラについて執筆、講演活動を行う。オンライン...
1840年代のパリで名を馳せた高級娼婦。
ノルマンディーの寒村で行商人の父と貴族の血を引く美貌の母の間に生まれるが、父の暴力と酒癖のために両親は離別。父は幼いマリーを金持ちの老人の愛人にした。やがてマリーはパリの八百屋に売られ、その後仕立て屋のお針子をしている時にレストランの店主に見初められて囲われる。
店主に連れられて訪れた舞踏会で遊び人の公爵を虜にし、愛人となって教育を受けた。美貌と知性、社交性と官能性に恵まれたマリーは次々と大貴族を射止め、パリの裏社交界一の有名人に。恋人の一人デュマ・フィスはマリーをモデルに小説『椿姫』を書き、フランツ・リストもマリーに魅せられた。
最後は結核に侵され、23歳の若さで世を去った。
「洗っていないかたつむり」から「この世で最高の美貌」を持つ女性へ
その少女はほっそりと美しかったが、「洗っていないかたつむりのように汚かった」。
パリ、シテ島にかかる石橋ポン・ヌフで15歳の彼女を見かけたジャーナリスト、ロックプランはそう回想している。
少女の視線の先にはポテトフライを揚げている大鍋があった。彼女はそれを「この世の最上の幸せを見るように」眺めていた。ロックプランは彼女にポテトフライの大袋を買い与える。少女は「雷に撃たれたかのように驚いて」「ポテトを矢つぎばやに口に運んだものだから、みるみるうちにその場で肥ってしまうかと思えた」(中山眞彦訳。以下同)
その後1年ほどで、 ロックプランは彼女と再会する。名門グラモン家のアジェノール・ド・ギッシュ公爵の自慢の愛人に出世し、「この世の最高の美貌」(仏の小説家ジャナンの言葉)であらゆる男性を魅了していたマリー・デュプレシに。マリーも彼と彼に奢ってもらったポテトフライの大袋のことを覚えていて、「共犯者の微笑」を浮かべたのだった。
この女性こそ、1840年代のパリのダンディたちを虜にし、デュマ=フィスの小説『椿姫』の、そしてヴェルディのオペラ《椿姫》のヒロインのモデルとなったマリー・デュプレシである。
「洗っていないかたつむり」から「この世で最高の美貌」への劇的な変化が語るように、マリーの生涯は語り草である。彼女は1830~40年代のパリで激増した「グリゼット(=お針子。汚れが目立たないように灰色 gris の服を着ていたのでそう呼ばれた)」の出世頭だ。
関連する記事
-
阪 哲朗が紡ぐ、喪失感を浄化するコルンゴルトの歌劇『死の都』の音楽世界
-
【音楽が「起る」生活】2つの《カルメン》と《ファルスタッフ》、インバル指揮都響
-
2025年春、望海風斗が演じるマリア・カラスのマスタークラスを受講する!
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly