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2022.01.20
ギネスにも認定された難しさを語る

オーボエ vs ホルン、世界一難しい楽器はどっち? 大島弥州夫と福川伸陽が対決!

どの楽器も上手になるには練習が必要だし、それぞれの難しさがあるけれど、中でも「世界一難しい」とギネスにも認定されているのがオーボエとホルン。安定感のある演奏ができるのは一握りのプロフェッショナルだけ。聴いているほうもヒヤヒヤするとき、ありますよね?
難しさの点で木管楽器・金管楽器を代表する2つの楽器、果たして何がそんなに難しいのでしょう?

左:オーボエ奏者・大島弥州夫さん ©️飯島隆
右:ホルン奏者・福川伸陽さん

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第一線で活躍するプロ奏者でも難しいことはある?

ギネスブックにも認定されている「世界一難しい楽器」は、木管楽器がオーボエ、金管楽器はホルンだ。聴いているこちらも手に汗握ることが多く、逆に気持ちよく安心感のある演奏に出会えると感動もひとしお。

そんなパフォーマンスをしてくれる演奏家、オーボエ奏者の大島弥州夫さんと、ホルン奏者の福川伸陽さんに、難しさのポイントを聞いてみた。

オーボエ代表 大島弥州夫(おおしま・やすお)
大阪音楽大学首席卒業後、東京音楽大学研究生課程修了。小澤征爾音楽塾、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団、霧島国際音楽祭などに参加。いずみシンフォニエッタ大阪、兵庫県立芸術文化センター管弦楽団などと共演。東京オペラシティリサイタルシリーズ「B→C」に出演。いずみシンフォニエッタ大阪、アンサンブル「弐」メンバー、大阪フィルハーモニー交響楽団オーボエ、イングリッシュ・ホルン奏者、大阪音楽大学にて後進の指導にあたる。
ホルン代表 福川伸陽(ふくかわ・のぶあき)
NHK交響楽団首席奏者。第77回日本音楽コンクールホルン部門第1位受賞。ソリストとして、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団、京都市交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団他多くのオーケストラと共演している。日本各地やアメリカ、ヨーロッパなどに数多く招かれており、音楽祭にもソリストとして多数出演。
©大津智之
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オーボエ vs ホルン、難しい楽器はどちら?

——ギネスで一番難しい楽器に選ばれたオーボエ、ホルンですが、どんなところがそう思われているのですか? 楽器習得または教えていて苦労した点など、難しいアピールをどうぞ!

オーボエ 大島 まずリード。原木は丸材と呼ばれる「葦」。それをさまざまな機械を駆使して(直径を計り、カンナ掛けの要領で薄くしたり、お気に入りの形にシェーピングしたり)、加工を重ねて出来上がったものが「舟形ケーン」。

さあ! できた! ではなく、ここからがリードメイキングの始まり。コルクに巻き付けてナイフを使って削っていきますが、ここからの作業をすべて書くと長期連載になるほどの作業。

1本仕上げるのに30分以上、10本作っても本番で信用して使える「予定」のリードは、わずか1本という打率。先端の一番薄い部分は0.07mmほど。これが0.08mmになっただけでタンギングや音程に影響してしまうという繊細さ。夜中にヘッドルーペを装着して作業を行ない、一喜一憂する毎日。ああ大変だ。

演奏旅行中でも、オーボエ奏者だけ打ち上げに出ず、ホテルに帰ってリードを作っています(たぶん)。

大島さん製作のオーボエのリード。天然素材だけにはずれの確率も高め、しかもダブルリードは高価です。

そして、オーボエは一番息が「余ってしまう」楽器です。それが苦しいのです。顔はとんでもないことになります。これはつらい。

「では、初めからたくさん吸わなきゃよいのでは?」と思われますが、リードを振動させるための最低限の速い息を与えなければなりません。吸った息が「10」だとすれば、使うのは「3」ほど。

ブレスのときに、一瞬で「吐いてから吸う」という大変なことをしております。ああ大変だ。

ホルン 福川 ホルンは、オーケストラで使われている楽器の中でも非常に広い音域を担当していますが、楽器についているヴァルブは、たった4つしかありません。一つの指遣いにつき、20弱の違う音が出ます。

それを毎日コンディションの変わる唇と、数値化する事のできない息の量やスピードなどでコントロールしているのです。

高音域に行けば行くほど、そのコントロールは困難になるのがこの楽器の習性で、例えるとしたら、「右側に行くほど、どんどん細くなるピアノの鍵盤」と言ったらイメージしやすいでしょうか。

ペットボトルのキャップ(日本の共通規格2.8センチ)より狭い、この小さな口径のマウスピースの中で唇を振動させ、息のコントロールで音を出しています。撮影:福川さん

——古今の曲の中から、最難関3曲とその理由(苦労)を教えてください。

オーボエ 大島 モーツァルトの「オーボエ協奏曲」。本来ならば、「幸せいっぱい、夢いっぱい、笑顔いっぱい」ですが、それらを手に入れるためのリードが手に入らない! モーツァルトの溢れんばかりのワクワク感が、ビビりまくりの変な緊張感(音楽用語で言う、ビビリッシモ)に変わること多数……。軽さやセンス、喋り方、すべてがバランスよく配合されていないと形にならないのが、この曲です。

モーツァルト:オーボエ協奏曲(オーボエ:アルブレヒト・マイヤー)

ホルン 福川 ベートーヴェンの交響曲(番号問わず)。 ベートーヴェンの交響曲におけるホルン・ソロは単純な信号のようなものが多く、シンプルな美しさが求められます。単純なものを美しく演奏するのは、ただでさえ哲学的に難しいのに、そこにベートーヴェンならではの厳しさが存在するので、経験を積んでも難しいです。

ベートーヴェン:全交響曲(演奏はサイモン・ラトル指揮ウィーン・フィル)

オーボエ 大島 リヒャルト・シュトラウス「オーボエ協奏曲」。晩年のシュトラウス、原点回帰といえる傑作です。歌曲を思わせる「詩」のある世界が繰り広げられます。特に、2楽章の筆舌に尽くしがたい甘美な音楽が聴きどころの一つです。ぜひお聴きください。そう。聴くのです。吹くと……キツいです(笑)。冒頭からの数分間、休みがありません。オーボエ奏者はブレスを失敗すると、気づいたら天国にいることでしょう。

リヒャルト・シュトラウス:オーボエ協奏曲(オーボエ:フランソワ・ルルー)

ホルン 福川 モーツァルト「ホルン協奏曲」。今年の8月にCDを出させていただきましたが(宣伝)、協奏曲にしては音数が少なく、ピアノやヴァイオリンのように連なる音での表現がなかなかできません。そのため音符一つひとつに磨き込まれた音色とニュアンスが必要になるため、いつも自分との戦いです。

福川伸陽&鈴木優人『モーツァルト:ホルン協奏曲全集』

オーボエ 大島 パスクッリ「ヴェルディの《シチリア島の夕べの祈り》の主題による大協奏曲」。リサイタルプログラム等々で名前を見るアントニオ・パスクッリ(1842-1924/シチリア島パレルモ生まれ)。もともとオーボエ奏者で、よく指が回った方でした。譜面は、黒い(細かい音符が多い)! 旋律の間に御丁寧にたくさん音を書いていただき、感謝ですね。本当に難しい。しかし、最近の若手奏者は普通に、しかも音楽的に吹きます。素晴らしい! ですから、私おじさん世代は、レッスンのときにゆっくりなところばかりを捕まえて吹かせる! ということになると恥ずかしいので、必死にさらいます……。

パスクッリ:ヴェルディの《シチリア島の夕べの祈り》の主題による大協奏曲(オーボエ:フィリップ・マニャン)

ホルン 福川 ロシアの音楽。ずっとフォルテシモで吹き続けているために、唇や口の周りの筋肉がすぐ疲弊してきます。しかし、1番ホルンには容赦なく、繊細なソロも用意されています。例えるなら、腕立てを超ハイペースでやったあとに、すぐ細い筆で細かい文字を書くようなもの……。

ストラヴィンスキー:春の祭典(パーヴォ・ヤルヴィ指揮・NHK交響楽団 1番ホルンは福川さん)

——敵の印象を教えてください。

オーボエ 大島 モーツァルトの時代、オーボエ2本、ホルン2本、後は弦楽器という編成も多く、私は仲間だと思っていますよ(笑)!

ホルン 福川 あー、オーボエさんね……いつもリード削ってる人たちでしょ? 天気とか湿度の話題しかしないし、口癖が「リードない」だし(笑)。

大変そうに言っている割にはすっごい素敵なソロを演奏して、みんな「苦労してるしてるっていうけど、そうでもないんじゃない?」って思われるタイプの人が多いかも……?

——ずばり! 敵より難しいと思いますか?

オーボエ 大島 そりゃオーボエ! と言いたいところですが、相手を称えるのがオーボエの特徴でもあるので、ホルンにしましょう!

ホルン 福川 うーん、リードがあればいい演奏ができるのがオーボエ、いい演奏になるという保証がないのがホルン。

周りの温度変化などにより、いつの間にか水が溜まってたら音が出なくなるのがオーボエ、水が溜まってもすぐに出せばいいホルン。

リードの状態が刻々と変わるオーボエ、ミスがすごく目立つホルン。

どっちが難しいというより、どっちの楽器が自分に合わないか、ですね、こうなったら(笑)。

——難しいと敬遠されては困るので、最後にフォローもお願いいたします。

オーボエ 大島 そんな扱いの難しいオーボエですが、作曲家は極上のソロを書いてくれています。オーケストラの中でも、オーボエは大活躍。やりがいのある楽器です。

そしてリード。確かに大変ですが、裏を返せば「自分で作れる」という良さがあります。オペラ歌手とお話したとき、「いいなあ、自分で作れて、交換できて……」と言われたことがあります。深いですね。自分で楽器の一部を作れる……。 実は、オーボエは世界一幸せな楽器かもしれませんね。

2020年12月、大阪音楽大学の定期演奏会にて。指揮は井上道義。

ホルン 福川 ここまで難しさをアピールしてきましたが、難しさは表現力の多様さの裏返しだと思っています。

ワーグナーやR. シュトラウス、ブルックナーのようにオーケストラを突き抜けるような雄々しさから、ラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》やブラームスの「交響曲第3番」第3楽章のように抑制された美の表現。こんなに振れ幅のある楽器、他にありません!

そんなホルンと日々仲良くなれるように、ホルン奏者はいつも練習してます!

福川伸陽さんが吹く「ワーグナー:ジークフリートの角笛」リハーサル映像(マレク・ヤノフスキ指揮 NHK交響楽団)

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