島田奈央子のJazzy Note Vol.1

ジャズ・シンガー、ステイシー・ケントと、ノーベル文学賞受賞作家、カズオイシグロの素敵な関係

読みもの
2018.04.26

今もっとも旬な女性ジャズ・シンガー、ステイシー・ケント。ノーベル文学賞受賞作家、カズオ・イシグロが詞を提供したことで脚光を浴びています。今夜は、イシグロ・ワールドを歌うステイシーの歌声に酔いしれてみませんか? ジャズライター・島田奈央子がお送りするJazzy Noteをお楽しみ下さい。

ナビゲーター
島田奈央子 音楽ライター/プロデューサー
島田奈央子
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島田奈央子 音楽ライター/プロデューサー
音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベン...

今、もっとも旬であり、注目を浴びている女性ジャズ・シンガーがいる。日本でも人気が高く、たびたび来日コンサートを行う、イギリスを拠点に活動しているステイシー・ケント。キュートなルックスとお洒落なファッション。ジャズとボサノヴァを自由に行き来する、聴きやすいサウンド。そんな魅力溢れる彼女は、1997年のデビュー以来、既に10枚以上のアルバムを発表し、グラミー賞を獲得するなど、これまでの活動で十分に功績を残している。そんな彼女が、ここにきて再び大きくクローズアップされている。

 

ステイシー・ケント
ステイシー・ケント

その理由を聞けば納得する。
昨年(2017年)ノーベル文学賞を受賞した作家、カズオ・イシグロが、「ジャズシンガーのステイシー・ケントに作詞提供をしている」というニュースが流れたからだ。

カズオ・イシグロといえば、1989年に長編小説『日の名残り』でイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞した長崎県出身の日系イギリス人。『日の名残り』のほかにも『わたしを離さないで』などの数作品が映画化された、世界的に有名な作家である。かくいう私も、小説を読み、映画を観て、イシグロ作品にハマった一人。「人間の進むべき道とは何か?」というメッセージ性のある物語を、美しい風景描写と心を突き刺す言葉で展開しており、自然とひきこまれていった。まさに時の人であるイシグロ氏が、小説ではなく、歌の歌詞、しかもジャズという音楽に詞を提供していることに、世間は驚きを感じたのだろう。

 

映画化されて話題になった、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

 

とはいえ、普段はピアノやギターを嗜み、音楽にも造詣が深いというイシグロ氏。ステイシーの音楽も大好きで、イギリスのBBCのラジオ番組でも、“無人島に持っていきたい1曲”として、彼女の作品を選んだらしい。また、ステイシーも、以前からイシグロ氏の小説のファンだったそうで、そんな2人が出会うのは必然。思いは繋がり、その流れからオリジナル曲に詞を付けるところまで広がっていったようだ。

 

彼が最初に詞を手掛けたのは、2007年に発表したアルバム《市街電車で朝食を》。タイトル曲を含め、4曲の詞を提供している。作曲は、夫でサックス奏者のジム・トムリンソン。実はこれまでのステイシーの作品はカヴァーが中心で、オリジナル曲を収録するのははじめて。イシグロ氏の詞で歌いたいという、彼女の強い思いが伝わってくるようだ。
その思いが作品にも表れ、イシグロ氏が書いた《アイス・ホテル》という曲は、インターナショナル・ソングライティング・コンペティションのジャズ部門で最優秀楽曲賞を受賞。清々しい薫りのするヨーロッパ系ジャズサウンドと、「あなたとわたしで、アイス・ ホテルに行きましょう カリブ海は予約で埋まっているけど、別にいいじゃない」という、恋人同士の可愛い詞がマッチして、とても印象的な曲になっている。
他にもフランスの作曲家、セルジュ・ゲンズブールやピエール・バルーのなどの曲が並び、アルバム全体がまるで短編小説を読んでいるかのような世界観である。

ステイシー・ケント《I know I dream》
ステイシー・ケント《I know I dream》

その後も、仕事も含め家族ぐるみの付き合いはつづき、昨年リリースした2年ぶりのオリジナルアルバム《アイ・ノウ・アイ・ドリーム》では、詞を2曲書き下ろしている。

彼女の長年の夢だったという、50人編成オーケストラをバックに従える大規模なレコーデイングでの制作。弦を中心としたオケに美しく包まれた彼女の甘い声に、ブラジルのジョビンや、フランスの作家たちの美しい歌の数々が収録されている。

その中に並ぶイシグロ氏の詞は、やはり強烈な印象を残している。日本の新幹線をテーマに書いたという《ブレット・トレイン(新幹線)》という曲の冒頭には、「ご乗車、ありがとうございました」という日本語の車内アナウンスが流れてくる。

東京~名古屋間の新幹線に昔の知人が現われたことで揺れ動く主人公の気持ちを描いており、軽妙な言葉のテンポ感は、まさにイシグロワールド全開である。ぜひ、歌詞をじっくり読みながら聴いてほしい。

そして、ノーベル文学賞を受賞について、ステイシーも「この発表は、胸が躍る話だわ!」と喜びのコメントを発表している。

ジャズの歴史を紐解けば、昔から歌手と劇作家は、深い絆で結ばれている。そんな素敵な関係が、この2人にはつづいている。

 

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