オペラ指揮者としてのJourney(旅)は続く
海外でもオペラを数多く振ってきたことが原田さんの大きな魅力のひとつ。今回は二期会公演《天国と地獄》のリハーサル中に、オペラに対する熱い思いをうかがいました。
オペラとの衝撃的な出会い
あの日のことは今でも覚えています。
僕はランニングを日課にしているのですが、インターロッケンにいた17歳のときも走っていました。まだiPodがなかったので、携帯ラジオのFMを聴きながら走っていたのですが、そしたらものすごく美しい曲が流れてきて、足が止まった。こんなに美しいものがあるんだ。なんだろう、これ。あまりの美しさに涙が出て、走るのはやめて聴き入ってしまったの。泣きながら歩きながら最後まで聴いて。それがプッチーニの《ラ・ボエーム》、第1幕の終わり、ルチアーノ・パヴァロッティとミレッラ・フレーニの声でした。
プッチーニ《ラ・ボエーム》第1幕より「愛らしい乙女よ」
(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/ルチアーノ・パヴァロッティ/ミレッラ・フレーニ)
それからはオペラのCDを聴きまくり、DVDを見まくります。ミュージカルのピット・ミュージシャンになりたいと思っていた頃ですが、さらにすごい、オペラという存在を知ってしまった。そして、オペラを最初に生で聴くときは、どうせなら最高峰のものをと、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に行くと決めていました。アメリカで随一のオペラハウスですから。
大学に入って最初の休み、とうとうメトロポリタン歌劇場に行きました。もちろん演目は《ラ・ボエーム》、指揮は芸術監督のジェームス・レヴァイン。メトロポリタン歌劇場のチケットは学生にとっては高価なんです。でもね、レヴァインが振る時は最前列の真ん中だけチケットが少し安くなっているの。レヴァインは巨漢で真後ろだと何も見えないから。僕はそのチケットをとりました。もうね、すごかった。本当に、すごかった。初めてオペラを生で聴いた感動は一生忘れないと思います。
メトロポリタン歌劇場のレヴァインはオペラのオーケストラを格段に精妙にしたと言われています。オペラは歌手が主役です。歌手は体が楽器で、体を使って、生の声、地声で音楽を奏でます。普通の楽器に比べ、それはデリケートなもので、その日の調子によって、オーケストラの音を抑えたり、速めたり、アジャストしなければなりません。アジャストするだけでなく、歌手の声も音楽の一部としてリードしオーケストラの楽器と共に物語を創り上げていくのがオペラ指揮者です。
オペラ指揮者になる。その日から僕のオペラ指揮者としてのjourney(旅)が始まりました。
ロリン・マゼールに教わったこと
僕がオペラ指揮者としての土台を作ったのは、アリゾナオペラです。2008年9月、若手オペラ指揮者を育てる奨学金をアリゾナ大学で募集していて、その第1号になりました。大学院生として大学で教えつつ、アシスタント指揮者としてアリゾナオペラに所属できる。ツーソンという町にあるのですが、ツーソン交響楽団のアシスタント指揮者としても仕事がもらえる。理想的な環境でした。
そこで名だたる歌手の皆さんと会いました。ステファニー・ブライスとか、あまりにすごい声量で劇場が揺れましたからね。いろいろなオペラ指揮者も見たし、どうやってオペラを作っていくか、そういった方法論をみっちり勉強しました。
翌年2009年夏、ロリン・マゼールがオペラフェスティバルを始めるというニュースを見てすぐに手紙を送りました。オペラフェスティバルをやるということは、アシスタント指揮者が必要になるだろうと思ったからです。そう、まさに、Knock on the doorです。特に何か募集していたわけでもない。そしたら返事が来て、「興味を持ってくれてありがとう。こちらに来なさい」って。それからマゼールのうちに住み込みで勉強することになりました。
彼はバージニア州キャッスルトンという町に住んでいて、広大な自宅敷地の中にオペラハウスを3つ持っているのです。アシスタントも何人もいて合宿のように過ごしているのですが、僕はマゼールの家に住める。24時間マンツーマンです。マゼールには本当にいろいろなことを教わりました。
例えば、顔で指揮をすること。顔の筋肉をもっと使えって。アジア人の中でも日本人は一番顔でしゃべらないって言われました。オーケストラの前に立たされて、手はポケットに入れて、顔だけで1曲全部振れって。みんな笑っていたけれど、眉毛だけで振って、目だけで振って、片目だけで振って….…って何度もやらされました。
あと、マゼールがすごいなと思ったのが、耳の使い方です。指揮をする、ここに耳を置いておくんじゃなくて、会場の一番後ろに置いておけと言うんです。指揮をしながらも耳は会場の一番後ろで聴こえる音を聴く。例えば、リハーサルでマゼールが振って、僕は2階の4列目ぐらいまで行かされるんです。それで「慶太楼、この小節のファゴット2番聴こえにくいでしょう」と言う。たしかに聴こえない。それでファゴット奏者に何か指示すると、ブワーッと聴こえるようになる。
会場の一番後ろで聴こえる音というのは、ホールによっても、季節によっても、天気によっても変わってきます。観客が厚手のコートを持ち込む冬は音が吸収されますからね。オペラになると、そこに歌手の体調や声の調子も変わってくるわけです。耳の使い方に加え、舞台上の歌手が次に何をするか、何が起こるか予測する目の使い方も重要になります。オペラは指揮者にとっても総合力が求められるのです。
チャンスをつかむための準備を怠らない
マゼールが推薦してくれたこともあるんでしょうね。2010年夏は、レヴァインにタングルウッド音楽祭に呼ばれました。レヴァインのオペラ担当のアシスタント指揮者になったのです。ところがレヴァインが病気になってしまって、代役のクリストフ・フォン・ドホナーニに引き継がれます。ドホナーニはオーケストラに出す指示も異常に細かく、とても気難しい人です。そのドホナーニに一度も振ったことのない難しい曲を、いきなり本番で振るよう指示されました。
それが、リヒャルト・シュトラウスの、特に難しいとされる《ナクソス島のアリアドネ》op.60です。何ヶ月もあるリハーサル期間中も一度も振らせてもらえなくて、オーケストラの練習も一度も振ってない、歌手のリハーサルも一度も振ってない、それなのに、本番の数日前に「やっておいて」といきなりです。
いじめ? いじめだと思う? ううん、違う。いじめじゃなくて試練。つまり、僕を試したんです。「お前、どれだけやれんの」と試した。そりゃ、いつでも振れるように準備してなくちゃいけないわけですが、ダメだったらキャリアが終わる。そういうことです。
もうあれは一生忘れられないコンサート。最大の試練。人生のターニングポイントです。そのときの動画を見るとね、どんどん細くなっているの。コンサートの最初と最後で痩せていってるの。4kgぐらい違うんじゃないかな。最初の30分間、まったく瞬きしていないし。いま見ると笑っちゃうけれど、あんなに難しい曲をよく振ったなと自分でも思います。
結果、僕のオペラ指揮デビューは、2010年のタングルウッド音楽祭になったわけです。人生ってチャンスが来たときに準備をしてあるかどうかで、這い上がれるかどうかが決まると思う。そのチャンスはいつ来るかわからなくて、だから、常日頃から自分の芸術を磨いていなければならない。Knock on the doorの大前提として、いつでも本番に立てる準備は怠らなかった。だからチャンスをものにできたと自信をもって言えます。
今回の二期会創立70周年オペレッタ《天国と地獄》は、日本でオペラを振る3回目です。一番こだわっているのは、音楽として物語を紡ぐということ。アメリカだとキャラクタービルディング(役作り)に時間をかけるのですが、歌手のかたがたには声楽のテクニックよりも役作りを優先してもらう。オーケストラとしてもハエの音を工夫したり、物語を意識した音づくりをしています。紡いだ物語を観客に感じてもらうことで、オペラがより身近なものになっていくと思っています。
日時: 2023年1月13日(金)14:00/18:30開演 、14日(土)14:00開演
会場: グランシップ中ホール・大地(1/13)、サーラ音楽ホール(1/14)
共演: 大谷康子(ヴァイオリン)、富士山静岡交響楽団
曲目: ロッシーニ/歌劇《ウィリアム・テル》序曲より「スイス軍の行進」、J.シュトラウス2世/喜歌劇《こうもり》序曲、ポルカ・シュネル《雷鳴と稲妻》op.324、ほか
料金: 全席指定2,000円
日時: 2023年2月19日(日)14:00開演
会場: サントリーホール
曲目: 小田実結子/Kaleidoscope of Tokyo(東京交響楽団委嘱作品/世界初演)、グリーグ/ピアノ協奏曲イ短調op.16、ほか
共演: アレクサンダー・ガヴリリュク(ピアノ)、東京交響楽団
料金: S席7,000円、A席6,000円、B席5,000円、C席4,000円、P席2,500円
詳しくはこちら
日時: 2023年2月26日(日)14:00開演
会場: 所沢ミューズ アークホール
曲目: ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調op.11、マーラー/交響曲第1番ニ長調《巨人》
共演: 小林愛実(ピアノ)、読売日本交響楽団
料金: S席6,700円、A席5,800円、B席5,300円、P席4,600円
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