音楽ことばトリビア ~フランス語編~ Vol.11

この素敵な5月に

読みもの
2018.09.18
小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
小阪亜矢子
小阪亜矢子 声楽家・翻訳家
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...

A ce joli mois de mai

ア・ス・ジョリ・モエ・ドゥ・メ

この素敵な5月に

フランス語を勉強したことがある方は、タイトルのカタカナ表記を見て、「モエ? モワじゃなくて?」と、疑問を持たれたかもしれない。

「mois(~月)」は、現代フランス語で「モワ」に近い発音をする。「voix(声)」はヴォワだし、「roi(王)」はロワ。基本的にoiとあれば「オワ」になるのが普通だ。

しかし18世紀以前は、これを「オエ」に近い発音で読んでいた。そしてタイトルは16世紀の多声音楽の題名である。このため、「mois de mai(五月)」とあれば「モエ・ドゥ・メ」と読む。

もちろんvoixはヴォエ、roiはロエとなり、現代の私たちがフランス語と聞いてイメージするものと、音の世界がかなり違って見える。

クレマン・ジャヌカン:〈この素敵な五月に〉

古い発音は楽器の名前に残っている。「オーボエ」だ。仏語ではhautboisと綴り、前半はhaut(高い)後半は bois(木)で、つまり高音の木管楽器である。現代仏語では「オーボワ」と読むが、昔は「oi = オエ」の法則で「オーボエ」と読まれていた。

これがイタリア語に入ったときにその発音から、oboeと綴られた。この形で各地に伝播し、ドイツ語ではオボーエ、英語ではオーボウとなり、それぞれ今に至る。本家フランスにおいてのみ、時代とともにボエがボワとなり、「オーボワ」に変化するという不思議な現象が起こっている。(なお、hに関しては、現代語ではまったく発音されず、昔も極めて弱かったうえに、h音を持たないイタリアを経由しているうちに完全に落ちたようだ)

パリのゴブラン工場でつくられたゴブラン織りのタペストリー「ナンフたちの踊り」(1687)の一部分。オーボエ奏者が織り込まれている。

ところでbois(木)はそのまま「森」を表す。「Au joli bois(オー・ジョリ・ボエ)」と言えば「美しい森へ」だ。

セルミジ:〈美しい森へ〉

古いフランス語は綴りも異なることがある。特に「i」はよく「y」と書かれたので、表題曲も音源ではA ce joly moys de mayと表記されている。boisも、古い文書や楽譜ではboysと書かれることが多い。

先日「パリの物売り声」という曲を演奏したが、「市場で売られている薪の材料」という文脈でboysが登場した。こういうのは慣れていても混乱する。ある奏者は「え? ボーイズ? なんでここに少年が出てくるの?」と言っていた(ちなみに彼の担当は木管楽器だ)。

クレマン・ジャヌカン:〈パリの物売り声〉

現在でも「i」と「y」は近い存在だ。しかし今はyをあまり使わない。私の名前はAyakoだが、油断するとAiakoと綴られてしまう。このためフランスでは「アヤコ」と名乗った瞬間「A-Y-A-K-O(アー・イグレック・アー・カー・オー!)」と叫ぶのが習慣だった。

ちなみに、日本では「コサカです」と言った瞬間に「サカは大阪の阪です」と叫んでいるが、地名の大阪だって大坂と書かれていた時代もある。

どんな言語にも歴史と罠があるのは変わらないようだ。

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