そこで息つぎをする
東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、マルセイユ国立音楽院に入学。パリ国立高等音楽院ピアノ科を卒業。ピアノは中島和彦、ピエール・バルビゼ、ジャック・ルヴィエ各氏...
Il faut une respiration
イル・フォー・ユヌ・レスピラシオン
そこで息つぎをする
音楽留学したい、もしくはフランス人の先生に習いたい。でも語学力に自信がなくて……という相談を受けるたびに、レッスンを受ける立場においては、コトバの問題というより、「先生が何を伝えたいのか」をどうキャッチするかであって、そのセンスがあるかどうかが重要、と答えることにしている。
私の場合、渡仏してすぐの頃、ピアノを弾いていてバルビゼ師匠が横でいきなり「レギャトー!」としゃがれ声で言うとき、それがマルセイユ訛りのキツいLegato(イタリア語だが)であることに気づくのに少し時間を要した。お菓子(Les gâteaux レガトー)をどうしろというのでしょう? と戸惑ったのだ。同様に、Pédales ペダールッ!と言われたその瞬間も、それがペダルをもっと踏め、なのか、踏むな、なのか。あるいは音が濁ったと指摘されたのか、判断しかねて手が止まった。
少し稽古に慣れてくると、極端な話、ペダルと言わずに師匠が「むー」と唸るだけで、はいそうですね、ここはペダルが不要ですね。と判断できるケースが増えてくる。不思議なことに、その頃にはもう、たどたどしいなりに「言いたいこと」「言われたこと」の言語化や理解にもそれほど苦労しない程度の語学力は身についてくる。
もちろん、土地柄や師弟間の符牒めいた言いまわしもある。
Respirationというと、管楽器奏者であればそれは演奏や奏法における命といっても過言ではない。オーボエの神さまとも言われるモーリス・ブルグは「自分はたいした才能に恵まれていたわけではない」と謙遜しつつ、若い頃に2年間ほど、立っては呼吸(Respiration)、座っては呼吸、歩いては呼吸、ドアを開けては呼吸、人と挨拶しては呼吸……と寝ても覚めても呼吸のことばかり考えて過ごした時期がある。自分の奏法の重要なところはあのとき「呼吸というものに相対して考えた」ことで会得したと思う、とインタビューで答えていた。
シューマン:3つのロマンス op.94 ~ 2. 「素朴に、内的に」
モーリス・ブルグ(オーボエ) ジャン=ベルナール・ポミエ(ピアノ)
ピアニストの場合、「レスピラシオン!」と言われたところで息つぎをする、で正解だが、そこでいったんペダルも切る(響きを残さない)という「言外の意味」がある。
いちど、カナダから招かれた講師によるマスタークラスで、そこはペダルを踏まないでと通訳したら、ノンと訂正された。ペダルの話はまだしていない、と。「まだ」と言われたので、意味はあっていたのだろう。ただ、同じフランス語であっても、ところ変われば使い方や解釈の自由度も変更されることがあるので油断はできない。
話を戻すと。バルビゼ師匠はよく、理解できているかどうかの確認を兼ねて日本人の生徒に「日本語ではなんと言う?」と訊いていた。私は間髪を入れず「イキツギ」と答えたが、同時期にクラスにいた同級生は「コキュウ!」と返した。師匠は大喜びで、その後はずっと私たちに「コキュ!」と叫んでいた。確かにそのほうが、寝取られ男(女)の意味のコキュ cocu(e) に似ていて覚えやすい。
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