秘めたる百合
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...
Un lys caché
アン・リス・カシェ
秘めたる百合
歌唱フランス語の発音を色々な人に教えているのだが、生徒がたびたび仏語に対してキレる。
その度に「ごめんねぇ」と、そんな筋合いでもないのに仏語圏を代表して謝るのだが、内心では楽しい。フランス語学習の醍醐味は、その理不尽さ、だからだ。
学習者を悩ませるポイントのひとつは「語尾の字を読むのか問題」ではないだろうか。仏語では、書いてあるのに読まない文字が多く、例えば語尾のsはふつう発音されない。
だが、まれに読まれるので「これは読まないのね?え、こっちは読むの? なんで?(怒)」と、混乱が生じる。
sを読む単語の代表格は「百合 lysまたはlis(リス)」だろう。しかし、百合は人物の美しさや、気高さ、純潔を表すものとして、よく詩歌に登場するため、初学者も遭遇する。フォーレの歌曲〈リディア〉では2番の冒頭で「秘めたる百合が 君の胸でとめどなく 聖なる香りを放つ」と歌われる。
★フォーレ:《2つの歌曲 op.4》 より Nr.2〈リディア〉(ルコント・ド・リール詩)
tもまた、語尾にくると読まれないことが多い。「8月août (ウ)」などがその例だ。
この語はややこしく、語源は英語のAugustなどと同じラテン語のアウグストゥスなのだが、省略しすぎて原型を留めていない。
聴き取りづらいので、語尾のtを復活させて「ウット」と言ったり、「~の月(moi de~)」をつけて「mois d’août (モワドゥット)」などと言う。何のために省略したのか。
読みの省略が多いということは、書き言葉の字は多い。文字のぎっしり詰まった楽譜を必死でさらったのに、本番は1分で終わり、などということが、フランス歌曲ではよくある。
特にプーランクに燃費の悪い楽譜が多い。テンポが速く、短い曲が多いせいもあるのだが、3ページ分の曲が59秒とはあんまりではないか。
★プーランク: 《アラゴンの2つの歌 FP.122》より Nr.2〈雅やかな宴〉(アラゴン詩)
理不尽を強調しすぎてフランス歌曲が嫌われても困るので、百合に戻ってもう1曲紹介して終わりたい。没後100年のドビュッシーによる初期の歌曲〈ロマンス〉。「君の想いの庭から摘んだ 気高い百合の香りはどこへ」という内容だ。
★ドビュッシー: 《2つのロマンス L.78》よりNr.1〈ロマンス〉 (ブゥルジェ詩)
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