どうしてだか知りたいの、なぜ私の胸はときめいたの?
クラシック音楽と語学は切っても切り離せないもの。「音楽ことばトリビア」は各国語に精通したナビゲーターの皆さんが、その国の音楽とことばをテーマに綴る学べるエッセイです。
イタリア語編ナビゲーターは、20年間イタリア・ミラノに拠点を置いていたオペラ・キュレーターの井内美香さん。第4回はロッシーニの《チェネレントラ》より!
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...
Io vorrei saper perché il mio cor mi palpitò?
(イオ・ヴォッレイ・サペール・ペルケ・イル・ミオ・コール・パルピト)
どうしてだか知りたいの、なぜ私の胸はときめいたの?
第一印象って大事です。私たちには毎日のように人との出会いがありますが、その中で長いお付き合いになる方からは、不思議なことに初めて会ったときに強い印象を受けることがあります。人間同士の波長が合うのかも知れません。
ロッシーニ作曲《ラ・チェネレントラ》の主人公チェネレントラとラミーロ王子の出会いも、彼らにとってまさに忘れられないものでした。
《ラ・チェネレントラ》とは〈灰かぶり娘〉、つまりシンデレラのことです。ペローやディズニーなどで知られているシンデレラの物語と違い、ロッシーニの台本作家ヤコポ・フェッレッティが作り上げた主人公は、自分の運命を自分で切り開く、本当の愛を探す娘でした。そしてラミーロ王子も、王子という身分ではなく自分自身を愛してくれる娘を探すために、王子の従僕に変装してお妃探しをしている若者です。
チェネレントラは継父と義理の姉2人の世話係をさせられ、働きづめの日々。ある日、コーヒーを運んでいると、いつのまにか家の中にいた身なりの良い青年と鉢合わせします。驚いたチェネレントラは持っていたコーヒー・カップを落としてしまいました。
チェネレントラ 「ああ!やってしまったわ」
ラミーロ王子 「何ごとだ?」
チェネレントラ 「心臓がどきどきする!」
ラミーロ王子 「僕を怪物だとでも思ったの?」
チェネレントラ(初めは考えなしに、それから素朴に言い直して) 「そうよ……いいえ、失礼しました」
ここで2人は見つめあい、有名な出会いの二重唱となります。
ラミーロ王子 「何だかわからない甘美なものが、あの目の中に輝いた! Un soave non so che in quegli occhi scintillò!」
チェネレントラ 「どうしてだか知りたいの、なぜ私の胸はときめいたの? Io vorrei sapere perché il mio cor mi palpitò?」
今回の記事の冒頭で取りあげたのはこのチェネレントラのセリフです。
Io私、vorrei〜したい(rrのところは巻き舌気味に発音します)、sapere知る、perchéなぜ、il mio cor私の心が、mi palpitòときめいたのか(miは私自身に)。
2人のセリフとロッシーニの夢見るような音楽が一致しているので、ラミーロ王子とチェネレントラが同時に恋に落ちたことが良くわかります。オペラの台本は普通、詩(韻文)で書かれていますが、詩文としての1行の長さ、行の最後の韻(脚韻と言います)の踏み方も同じですし、2人のメロディー・ラインも同じなのです。
イタリア語のIo vorreiというのは英語で言えばI would like。I wantと違って、〈もしできれば……〉というニュアンスが加わるので日常会話でも何かを頼むときに活躍します。イタリア人のお友達とBarに立ち寄り、「何を飲む?」と聞かれたら「Vorrei un caffè, grazie! ヴォッレイ・ウン・カッフェ・グラッツィエ!」(私はエスプレッソにします、どうもありがとう!)と答えればOK。
あれ?〈Io私は〉はいらないの?と思われたでしょうか。実は、イタリア語は動詞の変化によって主語が誰だかわかるようになっているので、特別に強調したい場合以外はIoを省略して「Vorrei un caffè」と言うのが普通です。《チェネレントラ》の2重唱の場合は、詩の1行の長さを合わせるためにIoが加えられているのだと思います。もしくはチェネレントラの「私、もしかすると……!」という、強いときめきを表しているのかも知れませんね。
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