音楽ことばトリビア ~イタリア語編~ Vol.6

彼女は僕を愛しているんだ! それがわかった

読みもの
2018.05.07
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター
井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

M'ama, sì, m'ama, lo vedo, lo vedo.

マーマ、スィ、マーマ、ロ・ヴェード、ロ・ヴェード

彼女は僕を愛しているんだ! それがわかった

人間関係って難しいです。特に人との距離のとり方。友人関係も大人になってからは、学生のときみたいに思ったことをそのまま口に出すわけにはいきませんし、仕事ならなおのこと。一番デリケートな恋愛関係は言うに及ばず……。

ドニゼッティの《愛の妙薬》は、イタリアでオペラがそれまでの貴族や上流階級のたしなみから、庶民が心から共感できる芸術として大きな広がりを見せた19世紀前半に大ヒットした作品です(1832年ミラノ初演)。
バスク地方の小さな村で農園の経営者をしている若きアディーナは才色兼備。その彼女をいつも熱いまなざしで見つめているのが素朴な農夫ネモリーノです。自分に首ったけのネモリーノを、アディーナはかなり邪険に扱います。本当は相性もいいはずなのに、関係を築くまでが難しいのです。

ところが、村に来たペテン師の薬売りから買った〈愛の妙薬〉を飲んだネモリーノに異変が起きます。偶然の出来事が重なり、彼は急に村中の娘たちにモテモテとなるのです。愛するアディーナが振り向いてくれるのも時間の問題と信じたネモリーノは、これまで自分が味わった苦しみの100分の1でも彼女に味わわせてやろうと他の娘たちと踊りに行ってしまいます。でもそのときに、ふと彼がアディーナを見ると彼女の目にはうっすらと涙がにじんでいたのです。

「ネモリーノの衣裳を着るニコラ・イワノフ」
(1839年 パリの王立イタリア劇場《愛の妙薬》の公演から)
「アディーナの衣裳を着るファニー・ペルシアーニ嬢」
(1839年 パリの王立イタリア劇場《愛の妙薬》の公演から)

後になってネモリーノがその涙の意味に気がついたときに歌うのが、オペラ史上でも指折りの名アリア《人知れぬ涙Una furtiva lagrima》です。「ひそやかな涙が彼女の目に浮かんでいた。まるで、あの浮かれた娘たちを妬んでいるように……僕はこれ以上、何を望むのだろう? 彼女は僕を愛している、僕を愛しているんだ! ようやくそれがわかった」

イタリア語の意味は、m’ama彼女は僕を愛している、そうだ、lo vedoそれが分かった、となります。「m’ama(マーマ)」は「mi ama(ミ・アーマ)私を愛する」、という言葉の母音が重なったところを(’)で省略した形。イタリア語では、動詞の活用形で理解できる場合には主語も省略しますので、m’amaと言うだけで、文脈から「彼女は僕を愛している」だとわかるわけです。

そういえば、花びらを1枚ずつむしっていく花占いは、イタリア語では「m’ama o non m’ama 愛している、愛していない」と呼ばれています。ピエトロ・マスカンニ作曲の有名な歌曲もあります。

紆余曲折の末、ネモリーノとアディーナはめでたく相思相愛になります。「君に愛されないなら死んだほうがましだ」というネモリーノに、ついにアディーナも自分の気持ちを打ち明けるのです。《人知れぬ涙》はネモリーノの素朴さがシンプルな旋律に込められ、だからこそ歌うのが最も難しいアリアの一つです。「ああ!彼女は僕を愛しているんだ!」とネモリーノが理解した瞬間の喜びを、ドニゼッティの音楽は見事に表現しています。

ネモリーノに〈愛の妙薬〉を売りつけるペテン師・ドゥルカマーラ。
「ドゥルカマーラの衣裳を着るルイ・ルブランシュ」
(1839年 パリの王立イタリア劇場《愛の妙薬》の公演から)
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