R.I.P ジェシー・ノーマン

不世出のディーヴァ! 奇跡の声をもったソプラノ歌手ジェシー・ノーマンの絶唱10選

プレイリスト
2019.10.10

圧倒的な声と存在感をもって世界中で活躍した名ソプラノ歌手ジェシー・ノーマンが2019年9月30日に逝去しました。ライター東端哲也さんによる、ドイツ歌曲から黒人霊歌まで、涙なしには聴けない「ジェシーの絶唱プレイリスト」をお送りします。

ONTOMOのDIVA担当ライター
東端哲也 ライター
東端哲也
ONTOMOのDIVA担当ライター
東端哲也 ライター
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...

正真正銘のディーヴァソプラノ、ジェシー・ノーマン

2019年9月30日の朝、ニューヨークの病院で、私たちの世紀の、不世出のディーヴァ(女神のごとき歌姫)が74歳の栄光に満ちた生涯を終えた。クラシックの歌唱芸術がオペラ・ハウスやコンサートホールだけでなく、CDという記録媒体を通して広く愛好家たちを楽しませることが可能となった恵まれし時代に、天から“奇蹟の声”を与えられ活躍した、そのスター・ソプラノの名はジェシー・ノーマン。彼女と同時代に生まれることができた幸運にまずは感謝したい。

ジェシー・ノーマン
提供:KAJIMOTO

神々しい声と知的なレパートリーで人々を魅了

米国南部のジョージア州オーガスタ出身。1961年にマリアン・アンダーソン(※アフリカ系アメリカ人のクラシック歌手の偉大なる先駆者)の名を冠したコンテストで認められ、奨学金を得てワシントン州にある全米屈指の黒人系の名門ハワード大学に入学。その後、ピーボディ音楽院とミシガン大学でも学ぶ。

1969年に難関として知られるARDミュンヘン国際音楽コンクールの声楽部門で優勝。70年代に欧州の名門歌劇場や音楽祭を席巻し、1983年に創設100周年記念公演(ベルリオーズの歌劇《トロイアの人々》)でメトロポリタン歌劇場にセンセーショナルなデビューを果たし、“世界最高のソプラノ”の座を決定づけた。

国家的行事にもたびたび招かれ、ロナルド・レーガンとビル・クリントンの米大統領就任式でアメリカ国歌を歌い、1986年にはエリザベス英女王60歳の誕生日を祝ったほか、1989年のフランス革命200周年記念行事ではコンコルド広場で〈ラ・マルセイエーズ〉を、1996年のアトランタ・オリンピック開会式では〈アメイジング・グレイス〉を披露。初来日公演は1985年で、1992年には第1回サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現:セイジ・オザワ 松本フェスティバル)におけるストラヴィンスキー:歌劇《エディプス王》のヨカスタ役で聴衆を魅了した。

個人的には1995年の来日リサイタルを5月5日の東京芸術劇場、5月9日の東京文化会館と梯子して、5月19日のサントリーホール「ピエール・ブーレーズ フェスティバル」でベルクの歌曲を聴いたことが忘れられない。当時、来日記念盤としてリリースされた同じブーレーズ指揮&ロンドン交響楽団による『ベルク:7つの初期の歌/アルテンベルク歌曲集 他』も名盤だった。

ベルク:《7つの初期の歌》より「ナイチンゲール」

ジェシー・ノーマンの芸術を特徴づけるのは、巨大で神々しい身体から発せられる圧倒的な歌唱。かつて評論家の浅里公三氏はそれを

「堅固な土台に支えられた“大伽藍”のように荘厳で、豊かで深みのある声は会場すべてを満たし、繊細な弱音がホールの隅々まではっきりと伝わってくる。その人間がここまで可能なのかと驚かざるを得ない豊麗極まりない声と豊かな表現力は、時に彼女は神がつかわした巫女ではないかとさえ錯覚しかねないほど」(『クラシック 現代の巨匠たち』音楽之友社刊)

と表現したが、まさに言い得て妙。舞台上でのヴィジュアル的に“デラックス”な存在感と、破格のスケール感を持った声ゆえに、オペラでは神話に出てくるキャラクターや女王様のようなレパートリーが相応しいし、リサイタルでも情熱的なラヴ・ソングよりは“人生”や“生と死”をテーマにした壮大なテキストを読み解く歌曲にこそ真価を発揮するのである。

その空前絶後の歌唱はライヴではもちろんのこと、たとえCDなどの録音で聴いても心にダイレクトに響くこと間違いなし。むしろCDに替わってストリーミングが音楽の聴き方の主流となった今だからこそ、ジェシー・ノーマンの絶唱はあまねく、世界中の音楽ファンの耳に届けられるべきである。以下で紹介するのは、そんな想いでセレクトしたプレイリスト。特にこれまで、あまりオペラや声楽曲などに馴染みのなかった方にもその“凄さ”が伝われば幸いである。

ジェシー・ノーマンが残した絶唱10選

グノー:《悔悟(おお、主イエスよ)》~アルバム『ノートルダムのジェシー・ノーマン』

2019年4月に起きた大規模火災で尖塔を焼失するなど大きな被害を受け、現在は再建が待たれる世界遺産、パリのノートルダム大聖堂で1990年12月に行われた宗教曲コンサートのライヴ・レコーディング盤より。公演の模様はクリスマスの特別番組としてテレビ放送もされた。19世紀フランスを代表するオペラ作曲家で、宗教音楽にも強い愛着を持っていたグノーの死後に発表された作品。甘く切ない旋律で、神の慈悲にすがる気持ちを綴った敬虔な祈りの歌。

ショーソン:《終わりなき旅 作品37》~アルミン・ジョルダン指揮/モンテ・カルロ・フィル盤

ミシガン大学時代、往年のフランスの名歌手ピエール・ベルナックに師事しただけあって、早くからフランス歌曲を得意としており、レコーディングも多く、いずれも高く評価されているジェシー・ノーマン。フランク門下でワーグナーの影響も受けたショーソンの代表的歌曲作品を集めた1982年録音のアルバムもそのひとつ。これは19世紀最後の年に44歳で事故死するショーソンが最後に完成させた歌曲。失恋と追憶、そして死をテーマにした密度の高いこの作品に、ジェシー・ノーマンほど相応しい歌い手は他にいない。

ルグラン:《風のささやき》~アルバム『おもいでの夏~ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン』

フランスが生んだ最高の映画音楽作家で優れたジャズ・ピアニストでもあったミシェル・ルグランの代表作のひとつ。スティーブ・マックイーン主演の映画『華麗なる賭け』(1968年)の主題歌でオスカー歌曲賞も受賞した。ルグラン曰く「無限に繰り返される人生の螺旋について、そして宇宙について歌っている」壮大なナンバー。ここで聴かれるように英語からフランス語歌詞に翻訳されて、そちらでも多くの歌手によってカヴァーされている。ジェシー・ノーマンからのラヴ・コールで実現した2000年リリースのコラボ・アルバムより。

パーセル:歌劇《ディドーとエネアス》より、〈わたしが地中に横たえられた時〉~レイモンド・レッパード指揮/イギリス室内管盤

17世紀バロック期の英国を代表する大作曲家パーセル作、ギリシャ神話を素材にしたオペラ《ディドーとエネアス》は、カルタゴの女王ディドーと陥落したトロイアから逃れて彼の地に漂着したエネアスの物語。このアリアはオペラの最後で、愛するエネアスに裏切られたディドーが彼を去らせて、悲観の末に息絶える場面。古今東西のアリアの中でもっとも美しい嘆きの歌。

マスカーニ : 歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より、〈ママも知るとおり〉~セミヨン・ビシュコフ指揮/パリ管・盤

19世紀末にレオンカヴァッロと並んで、庶民の日常に起きる劇的な事件をリアルに描く「ヴェリズモ・オペラ」を確立したマスカーニ。その代表作である《カヴァレリア・ルスティカーナ》はシチリアを舞台に、ひとり女性をめぐって最後は血なまぐさい決闘に至る男たちを描いた物語。このアリアは、恋人のトゥリッドゥがかつて恋仲だったローラとよりを戻したことを悟ったサントゥッツァが、そのことをトゥリッドゥの母ルチアに涙ながらに訴える場面。次第に感情を露わにして、最後は激情に身を崩しながら歌われる。このような世俗にまみれた役は、聖女ジェシー・ノーマンには相応しくないかもしれないが、そんな心配をよそに、堂々たる風格で嫉妬心から告げ口してしまう女の哀しみと弱さを演じきっている。

ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルテ》より、〈イゾルテの愛の死〉~アルバム『ワーグナー・ライヴ in ザルツブルク』

でもやはり、ジェシー・ノーマンに相応しいのはワーグナーが描く、官能的な愛の法悦を歌って最後には昇天する、このような非日常的ヒロインの役。特にこのアリアには盛り上がるオーケストラを突き抜けて届く強靱な声が要求されるのでなおさらのこと。意外にもこれが20世紀後半の巨匠指揮者カラヤンとの初共演だった、1987年夏のザルツブルク音楽祭で行われた、ウィーン・フィル恒例のマチネ・コンサートのライヴ録音盤より。

マーラー:《少年の魔法の角笛》より、〈原初の光〉~アーヴィン・ゲージ(ピアノ)・盤

指揮者としても活躍しつつ、交響曲と歌曲の分野で新しい領域を拡大したマーラー。後に交響曲第2番の第4楽章にも転用される素朴で敬虔な信仰の歌を、ここでは心にしみいるピアノ伴奏で。「人間は大きな苦悩に閉ざされているが、私は天国に行きたいと思う。神様は私にひとつの光をくださり、永遠に照らして下さるのに違いない!」といった歌詞が壮麗に歌われる。

R.シュトラウス:《四つの最後の歌》より、〈夕映えの中で〉~クルト・マズア指揮/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管・盤

19世紀末期のドイツで30代までに交響詩で独自の作風を切り拓き、20世紀初頭には数多の傑作オペラを世に送り出したリヒャルト・シュトラウス。歌曲の分野でも最高の境地に達した巨匠が、文字通りを最後に辿り着いた、いわば“辞世の句”のような作品。特に〈夕映えの中で〉の管弦楽はかつての交響詩《死と変容》からの動機やオペラ《ダナエの愛》の不吉な予感の動機なども織り込まれていて、シュトラウス自身の死生観が反映されている。そんな重厚な想いの詰まった歌曲を歌わせてジェシー・ノーマンの右に出る者がいるだろうか……実に耽美的。

《イエスを私にあたえたまえ》~アルバム『黒人霊歌集』

偉大なるマリアン・アンダーソンの系譜を継ぐ者として、黒人霊歌はジェシー・ノーマンにとって欠かすことのできないレパートリーであることは言うまでもない。どれも素晴らしいが、かつて奴隷たちも「この世にいるあいだに、イエスを私にあたえたまえ」と飾り気のない英語でもって切実に歌いあげていたであろうこの曲を。

《すべては主の御手に》~アルバム『ヨーロピアン・ライヴ』

1987年の欧州ツアーを収録したライヴ盤より。アンコール・ピースの定番だったこの黒人霊歌を最後に、聴衆たちの熱狂と共にお届けしたい。

ブラーヴァ、ジェシー!

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