泣かせてください 私のむごい運命を

Lascia ch'io pianga mia cruda sorte
ラッシャ・キオ・ピアンガ・ミア・クルーダ・ソルテ
泣かせてください 私のむごい運命を
世の中には他人を思い通りに操ろうとする人がいます。自覚なしにそうする人もいますが、残念ながら最初から悪い意図をもって近づいて来る人も。そんなときにあなたならどう対応しますか?
バロック・オペラの天才作曲家ヘンデルがハノーファー(ドイツ)からロンドンに渡ったのは1710年のことでした。彼がロンドンで最初に上演したオペラが《リナルド》です。11世紀末におこった第一次十字軍のエルサレム征服の史実をベースに、ファンタジーを織り込んだ騎士物語オペラ。
ヘンデルはそれまでドイツやイタリアで発表していた作品の中から良曲をこのオペラに転用しています。彼のデビュー作は大ヒットとなり、ロンドンにおける英語オペラ派とイタリア・オペラ派の戦いに、イタリア・オペラが決定的な勝利を収めた出来事となりました。


十字軍の騎士リナルドには総司令官ゴッフレードの娘アルミレーナという許嫁がいます。ところがエルサレム征服まであと少しというところで、この地を治める王アルガンテの味方である魔女アルミーダにアルミレーナが誘拐されてしまいます。アルミレーナの美しさに魅了されたアルガンテは、自分の心をあげようと申し出ますが、アルミレーナは自分が欲しいのは〈自由〉だけですと答え、このアリアを歌います。
「泣かせてください、私のむごい運命を。自由を願い、ため息をつくままにさせてください。私の苦悩を憐れんだ悲嘆が、この束縛を断ち切ってくれますように」
イタリア語の意味は「Lasica ch’io〜 私に〜させておいてください(英語ではLet me)、pianga 泣くままに、mia 私の、cruda 残酷な、sorte 運命を」となります。
「lasciare 残す、置いておく、放っておく」を使った言い方としては、ダ・ポンテ台本、モーツァルト作曲のオペラ《ドン・ジョヴァンニ》の最後の場面にも「Lascia ch’io mangi 食事をさせてくれよ」というセリフが出てきます。
Lascia ch’ioを使った恋愛の歌もご紹介しましょう。かつて日本でも絶大な人気を誇ったカンツォーネ歌手ジリオラ・チンクエッティのヒット曲「Non ho l’età(ノ・ノ・エタ、邦題:夢みる想い)」のサビに「Lascia ch’io viva un amore romantico 私にロマンチックな愛を生きさせて=愛を夢見させて」と歌う部分があります。
ヘンデルは旋律の美しい高貴な曲を数多く残しました。中でもこの「泣かせてください」は、オペラ《セルセ》の有名なアリア「オンブラ・マイ・フ」と同じLargoラルゴ(ゆったりとした)というテンポで書かれています。
当時の名歌手たちは、アリアの繰り返し部分を各自の技量とテイストによって装飾し、その歌手だけのオリジナル・ピースに仕上げて歌っていました。
傲慢で強引な王アルガンテを拒絶し、死を願うことで対抗するアルミレーナの気高さを感じられる歌唱でこのアリアを聴くことができたら最高ですね。
