読みもの
2022.10.28
五月女ケイ子の「ゆるクラ」第7回

ベートーヴェンのお父さんは毒親だった?! 作曲家の親子関係

クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めていきましょう! 今回からは、作曲家の家族の話題に。まずは“毒親の連鎖”から逃れられなかったあの作曲家から……。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
お助けマン
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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作曲家の親ガチャの明暗

ピアノを習っている親御さんたちの共通のお悩み。それは、ピアノの練習をしない子に練習をさせること。前に習っていたピアノの先生に「ピアノの練習が好きな子なんていませんよ」と言われて驚きましたが、飯尾先生、昔の作曲家たちも、ピアノの練習は嫌いだったんでしょうか? 

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ショパンは、音楽好きの両親に愛情豊かに育てられ、4歳の頃からピアノの下に潜ってお母さんの演奏を聴いては見事に再現し、7歳には作曲をしていたとか。根っからの音楽好きだったのですね。両親が音楽好きという血縁も大きく関係しそうです。

また、ヘンデルは音楽が大好きでしたが、父親はヘンデルを法律家にしたくて、家中の楽器を屋根裏部屋に隠してしまったそう。それでも音楽がやめられなかったヘンデル。やはり、立派な作曲家は、練習を練習とも思わず、息をするかのように音楽を楽しんでいたのか……。作曲家には『巨人の星』の星一徹みたいな、超スパルタな毒親はいなかったのですね。飯尾先生。

「いえ、ベートーヴェンの父ヨハンは、相当な毒親だったんです」

ベートーヴェンのお父さんは、宮廷のテノール歌手でしたが、宮廷楽長だった祖父に比べると、そんなに才能があるわけでもなく、祖父が亡くなると生活に困窮し始めます。ヨハンはアルコール依存症で、酔っ払って真夜中に帰ってきては息子を叩き起こし、ピアノの猛特訓をさせたそう。難聴になった理由も、父親の暴力が原因ともいわれています。なんでも、その頃「神童」として大人気だったモーツァルトを見て、息子も第二のモーツァルトにしようと思ったかららしい。「息子で一儲けしてやろうじゃないか。うっしっしっし」なんて言ってたかと思うと、うう、なんて悪い親なんだ。

モーツァルトの父は、同じく教育熱心でしたが、ヨハンと違ったのは、モーツァルトの才能を見抜き、その才能を世間に知らせようと、ヨーロッパ各地にプロモーションしてまわったところ。才能を見極める審美眼、プロデュース能力がヨハンにあれば、ベートーヴェンはこんなに苦労しなかったのに……。運命を呪わずにはいられません。

こうして、ベートーヴェンは、13歳で宮廷音楽家に。16歳で母親が亡くなったあとは、父と弟たちを一人で養うように。18歳でヨハンは亡くなり、ようやく父親の呪縛から解放されます。性格に関して、悪い噂しか聞かなかったベートーヴェンですが、もう、何も言えません。ちょっとくらいわがまましていいよと、優しい気持ちになります。

彼は、結婚して温かい家庭を築くことを夢みますが、結局、結婚はできず、弟の息子カールを養子に迎えます。九九もできなかったベートーヴェンは、カールを立派に育ててやりたいと愛情を込めて育てます。しかし、その愛情がいきすぎてしまったのでしょうか。宿題をやってあげたり、寄宿舎付きの学校に入れたのに、結構、寄宿舎に顔を出し、成績表まで取りに行ったり、弟子(ツェルニー!)にピアノのレッスンをさせている横でずっと見ていたり……。いわゆる過干渉な毒親になってしまうのです。

ベートーヴェンの曲って美しいけど、なんかちょっと重い感じが、このエピソードにピッタリと重なりました。彼の愛は、カールには重くなりすぎて、カールは逃げ出し、拳銃自殺を図ってしまいます。ヨハンみたいな父親になりたくない強い思いが、さらなる毒親を生む“毒親の連鎖”は、ベートーヴェンにも逃れられなかったのです。

親ガチャでハズレだったベートーヴェンですが、もし当たりだったら、人の心をつき動かすような情熱的な音楽は作れなかったかもしれないと思うと、複雑な気持ちです。今も、ベートーヴェンを聴きながら、このコラムを書こうとしたら、心に入り込みすぎて、BGMにはできませんでした。全力の音楽には、全力で向き合うことが大切なのですね。これを書き終えたら、彼の運命と、運命ゆえに生まれた音楽に感謝し、全身全霊でベートーヴェンの哀しみに身を埋めようと思います。

五月女さんが聴き入ってしまって仕事にならなかったという交響曲第5番《運命》

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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