読みもの
2022.12.31
五月女ケイ子の「ゆるクラ」第8回

作曲家との結婚は人生の墓場!?〜モーツァルトとハイドンの妻vsバッハの妻

クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めていきましょう! 作曲家の家族の話題から、今回は“毒妻”にフォーカス!

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
お助けマン
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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モーツァルトの妻は本当に世界三大悪妻の一人?

先日、マリア・ジョアン・ピリスのコンサートでシューベルトを聴きました。モテないけど男たちと固い友情を築いたという彼の音楽は、「友よ」と語りかけてくれているかのように疲れた心を癒してくれました「ゆるクラ」第7回参照)。

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でも、あんなに清らかな音楽が作れるのはもしかしたら、一生独身で、結婚という人生のしがらみを知らなかったからかも? 前回は「毒親」でしたが、飯尾先生「毒妻」っているんですか?

飯尾先生「まず、作曲家にいい夫なんていませんよ」 

「え?!」

なんでも《愛の挨拶》を婚約者に贈り、愛を誓ったエルガー「ゆるクラ」第6回参照ですら、晩年は別の女の影があったとか……。愛のエピソードを知って、いままでそんな好きでもなかった《愛の挨拶》で流した涙を返してほしい。基本、浮気は当たり前だという作曲家と結婚したら、妻はみんな「毒妻」に豹変しそうです。

特にモーツァルトの妻、コンスタンツェは、世界三大悪妻の一人に数えられ、モーツァルトがお金を稼ぐため体を壊しながら働くなか、一人湯治に行ったり、モーツァルトの葬儀にも出席せず、楽譜や手紙も売り払ったりと、悪行を重ねたそうですが、最近では「悪妻じゃなかったかも」と言われているそうです。モーツァルト自身がギャンブル好きだった説、湯治は彼女の治療行為で葬儀の欠席も体調を壊していたから説、楽譜をお金にするのは当たり前説……etc.。

晩年落ちぶれ、家賃が払えなくなったモーツァルトが、仲間の商人プフベルクのお宅を突撃訪問、主人の留守中にもかかわらずご飯をご馳走になり、「いつでもきていいよって言ってたから、ご馳走になりました」と手紙に書いたと聞くと、そんなみじめな会食に奥さんも同席したとしたら、仕返しに一人で温泉の1つや2つ行きたくなっても無理ありません。むしろ、再婚して裕福になった彼女は、モーツァルトの残した借金を完済したのだから、できた嫁と言ってあげたくなります。

楽譜で野菜を包んでいたハイドンの強烈な妻

毒妻列伝の中でも一番強烈なのは、ハイドンの妻、マリア・アンナ・アロイジア。そもそもハイドンが、本当に好きだった人と結婚できなかったので「そのお姉さんでいいか」と結婚してしまったのが良くないと、飯尾先生も同情していました。音楽にまったく興味がないアロイジナは、ハイドンが書いた楽譜を、野菜を包む紙にしたり、ケーキの台紙にしたり、髪を巻くカーラーにしたりしたというから、もう悪妻を越えて、あっぱれです。楽譜がおしゃれなラッピングペーパーにでも見えたんでしょうか。

でも、女性が家にあったらイヤな物の一つに「書類の山」がありますが、男性って、とかく無味乾燥な書類の山を作りがち。多作だったハイドンが家中に積み上げた楽譜の山に、アロイジナのストレスがMaxになったと考えると、楽譜を再利用するだけエコで良き妻かも。それぞれに恋人ができても絶対別れなかった二人は、ある意味持続可能な夫婦だったかもしれませんが。「あなたが死んだら住むから家をくれ」と言っていたアロイジナのほうが先に亡くなり、ようやく解放されたハイドンなのでした。

やっと良妻登場! バッハ夫妻のあたたかい家庭に和む

作曲家たちの「結婚=人生の墓場」という真実に打ちのめされそうになった私は、先生に良妻を絞り出してもらいました。それは、バッハの二度目の奥さん、アンナ・マグダレーナ。宮廷の歌手だった彼女は、バッハと職場で出会い結婚。よくできた人で教育熱心。バッハの連れ子も含め10人の子どもを育て上げたそうです。10人分のご飯を作ったり、1日中洗濯したり。大家族の番組が作れてしまいそうなくらいの日々のご苦労お察しますが、そのうえ、作品の写譜もしてバッハを助けたそう。筆跡がバッハにそっくりなところにも仲の良さが伝わります。

バッハの死後、アンナがまとめた書物には「いつか世界一優れた音楽家に会いたいと夢を語る夫。私は心の中で『それはあなたよ』と言いました」と書き記されているそうです。バッハの才能を信じ、支え抜いたのですね。

私も含め、子どものときにピアノを習っていた人にとって「バッハって退屈」と感じることもあったかもしれませんが、大人になって聴くと、絶対的に美しいメロディと音階は、聴けば聴くほど味わいを増し、スルメのようにじわじわと心ときめかせます。今でいうサラリーマンで、堅実、一見地味にも見えるバッハ自身もスルメな魅力にあふれていたのかも。良妻の陰に良夫あり。音楽だけでなく、人としも偉大なビッグダディだったんだなあ。なんでもないようなことに幸せを感じながら日々暮らすことが、結婚を人生の墓場にしないコツと教わりました。

それにしてもこの連載で、バッハの株が爆上がり中です。このまま私に夢を見させてほしい。そんな祈りを込め、バッハを聴きながら眠ろうと思います。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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