8月特集「ホラー」

音楽を怖がってください。『シャイニング』『2001年宇宙の旅』『アイズ・ワイド・シャット』……巨匠キューブリックが愛した恐怖クラシック

読みもの
2018.08.13

「別に怖い音楽を書いたわけじゃないんだけどね?」という作曲家たちの声が聞こえてきそう。なぜか、ホラー映画御用達の現代音楽。巨匠キューブリックは、バルトークやリゲティ、ペンデレツキといった作曲家を愛し、偏執的に映画の中で用いました。とっつきにくいと思われがちな現代音楽、こうなったら「怖がる」楽しみ方はいかがですか⁉
キューブリック・ファンに嬉しいプレイリスト付きでご紹介します。

この記事をシェアする
怖がらせる人
増田良介 音楽評論家
増田良介
怖がらせる人
増田良介 音楽評論家
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

この夏の暑さは怖い話ぐらいで何とかなるものではないが、夏といえば怪談というのもひとつの季節感、せっかくだから怖い映画の怖い音楽のことを書こう。スタンリー・キューブリック監督の名作ホラー映画『シャイニング』(1980)だ。

今年の1月には、原作小説の続編『ドクター・スリープ』の映画化が発表されたし、春に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』では、『シャイニング』への長いオマージュの場面があった。話題としてもタイムリーかもしれない。

スタンリー・キューブリック 本人による ライカ IIIを利用した セルフ・ポートレイト
スタンリー・キューブリック 本人による ライカ IIIを利用した セルフ・ポートレイト

キューブリック監督は、クラシック音楽を独創的なやり方で映画に使う監督だ。『2001年宇宙の旅』(1968)ではR・シュトラウスの《ツァラトゥストラはこう語った》やJ・シュトラウスの《美しく青きドナウ》その他、『時計じかけのオレンジ』(1971)ではベートーヴェンの第9交響曲、『アイズ・ワイド・シャット』(1999)ではショスタコーヴィチの《ワルツ第2番》がとても印象的だった。

そして『シャイニング』では、バルトーク、リゲティ、ペンデレツキの作品が使われている。上述のように『シャイニング』の場面が引用されている『レディ・プレイヤー1』では、アニメ・ファンがガンダム、特撮ファンはメカゴジラの登場に興奮したように、クラシック音楽ファンはバルトークの《弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽》に、おおおおおっ、とテンションが上がったはずだ。

キューブリックの「怖い」プレイリスト。聴きながらお楽しみ下さい

実はすでに100年の歴史をもつ「無調音楽」

ところで、バルトークの《弦チェレ》もリゲティもペンデレツキも、ロマン派までのクラシック音楽とは違う、無調またはそれに近い(バルトークは微妙だが、少なくともリゲティ、ペンデレツキへの道を拓いた先駆者だ)音楽だ。そして監督はそれらを、観客の恐怖や不安を煽るために使っている。確かにこれは背筋も凍るような効果がある。

どこがドでどこがソかというのを意図的にわからなくするという現代音楽(もう100年ぐらい経っているが)の手法をホラー映画に使うのは歴史が古い。1941年の『狼男』(ジョージ・ワグナー監督)の音楽(ハンス・J・サルター、フランク・スキナー作曲)はドビュッシーやベルクっぽいし、『シャイニング』より20年も前に作られたヒッチコック監督の『サイコ』(1960)でバーナード・ハーマンが書いた音楽などは、それだけ聴けば完全に現代音楽だ。

しかし、リゲティは、「ミクロポリフォニー」(乱暴に説明すると、いろいろな音程を同時にベタっと鳴らして、順番に少しずつずらしていくという手法)、ペンデレツキは「トーンクラスター」(いろいろな音程を同時にベタっと鳴らす ―乱暴じゃなく説明してもこうなる― という手法)を使って、音楽の新しい地平を見つけようとした、文字通り前衛の作曲家たちだ。

彼らが、映画のために書いたわけではない作品を、映画館の観客を怖がらせるために使ってしまったりしていいものだろうか。

ただ、1945年に亡くなったバルトークはもちろん、リゲティやペンデレツキがそのことで怒ったという話は聞かない。リゲティは、『2001年宇宙の旅』では、自作の《レクイエム》を無断で使われたことに激怒し、訴訟まで起こしている。しかし、キューブリックも面の皮が厚いのか、リゲティがよほど好きだったのか、12年後の『シャイニング』、そして遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』でも、また彼の曲を使っている。これらのときはさすがにちゃんと許可を取っただろうから、ちゃんと断って使うなら、使い方そのものには別に問題はなかったということだ。

ペンデレツキはというと、「『シャイニング』のために音楽を書いてほしい」というキューブリックからの電話に、自作をいくつか挙げて、この曲とこの曲を聴いてみてはどうかと親切に助言までしたらしい。

ジェルジ・リゲティ(1923~2006)
ハンガリーの作曲家
クシシュトフ・ペンデレツキ(1933~)
ポーランドの作曲家、指揮者

これはつまり、どういう目的で書かれた音楽であれ、怖いと感じれば怖がってもいい、ということに、作曲家たちが(苦笑いしながらかもしれないが)お墨付きを与えてくれたということだ。当たり前のことのように思えるが、これは、作曲者の意図と違う受け取り方を許しているという意味だから、そう当たり前でもない。

だとすると、ここには難しい難しいと言われがちな現代音楽を楽しむための一つの突破口があるかもしれない。音楽を聴いて「踊りたくなる」「笑う」「泣く」「元気になる」などと並ぶ、「怖がる」という楽しみ方だ。リゲティやペンデレツキも怖い曲ばかり書いていたわけではなく、作風をいろいろ変えていったし、現代音楽自体、ユーモラスな作品やロマンティックな作品も増えている。

とはいえ、やはり無調の音楽は怖い音楽の宝庫だ。ちゃんと理解するのは大変でも、架空のホラー映画の場面でも思い浮かべて怖がりながら聴くことなら気楽にできる。

先月のONTOMOで、バッティストーニ氏が「音楽を怖がらないでください」と言っていたが、本稿の結論は「音楽を怖がってください」だ。この夏は、『シャイニング』を見て、リゲティ、ペンデレツキで暑さを吹き飛ばして、ついでに、現代音楽の、不気味で魅惑的な森に足を踏み入れてみるというのはどうだろうか。

ツイートする
シェアする

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ