合唱曲『あなたへ――旅立ちに寄せるメッセージ』に込められた思いとは
「教育音楽」で実施している「校内合唱コンクール人気曲ランキング」「人気卒業ソングランキング」等でも例年上位にランクインし、長きに渡り歌い継がれている合唱曲『あなたへ――旅立ちに寄せるメッセージ』の作者・筒井雅子さんに、この曲に込めた「思い」を伺いました。
全国の音楽の先生に役立つ誌面をつくるため、個性あふれる先生、魅力的な授業、ステキな部活……音楽教育の現場を日々取材しています。〔音楽指導ブック〕〔教育音楽ハンドブック...
作曲の楽しさに目覚めた中学の授業
私は小学校の音楽専科教員を務めるかたわら作曲活動を行っているのですが、作曲を始めたきっかけは、中学時代にまでさかのぼります。中学は国立音楽大学の附属中に入ったのですが、1年生から作曲の授業がありました。3年生になると、その集大成として何か詩を選んでそれに少しずつ曲を付けては先生に見てもらい、合唱曲を1曲仕上げるという課題が出されました。そのときの曲が先生方の目にとまり、学校主催の演奏会で披露されることになったのです。
小学校は普通の公立校に通っていて、音楽では自分が一番だとうぬぼれていましたが、中学に入るとピアノが弾けるのは当たり前。周りは優秀な人ばかりで、私は埋没し、目立たない生徒でした。作曲も附属の小学校から上がってきた人たちは普通にできますが、私にとっては苦痛でした。でも、即興で弾き語りなどをしているうちに少しずつつくることの楽しさがわかってきました。そんな私に初めてスポットライトが当たったのがこの演奏会でした。会場は杉並公会堂。今でも前を通ると当時のことを思い出します。
そんなきっかけから、今でも私は作曲をしている。音楽をつくることの楽しさを教えてくださった当時の先生には、本当に感謝の気持ちしかありません。
卒業生へのメッセージとして
その後、小学校教員になると、子どもたちと一緒に歌える曲をつくりたいと思うようになりました。学校に勤めていると、出会いと別れが必ずありますので、普段の生活の日々の出来事に加え、卒業する子どもたちに向けた思いを歌にしていました。『あなたへ―旅立ちに寄せるメッセージ』も、その一つです。
ただ、この曲は初め1番だけでした。異動のために分かれ、前任校に「置いてきた」子どもたち……彼らの卒業アルバムに寄せて書いた歌がそれに当たります。旅立つ子どもたちに向けた、文字通り「メッセージ」でした。結局、異動した後にその卒業アルバムを見る機会はなく、実際にどのようなかたちで掲載されたかはわからないのですが……。
その後ほどなくして、杉並ジュニア混声合唱団から組曲の委嘱を受けました。混声のための合唱組曲《時の女神》。『未来行きEXPRESS』『蝶の通り道』『蝉』などを含む全7曲。春夏秋冬、移ろう季節の中で、ごく平凡な、だけどかけがえのない日常生活のひとコマや小さな者たちのつぶやきをすくいあげたものです。プロローグの後、春からスタートして冬を経て再び春という構成の最終曲としてこの曲をあてました。2番以降の歌詞を加えた完成形として。1番、つまり卒業アルバム用に書いた詞は大人が若者たちに向けたメッセージ、2番は若者たち自身のメッセージ、それ以降は両者がだんだん一つになっていきます。混声4部のドッペル・コール(2群合唱)で書いたので、大人の合唱団にも一緒に歌ってもらえたらどんなに素敵だろうと思い、指揮者の小林光雄先生に相談したところ、杉並混声合唱団も歌ってくださることになり、2006 年5月3日、セシオン杉並で行われた杉並ジュニア混声合唱団の定期演奏会で両合唱団により初演されました。
その初演を聴いてくださった中に、当時の「教育音楽」編集長がいらして、混声3部版を出してはとの提案を受けて編曲し、付録楽譜に掲載されたことをきっかけに広く知られるようになりました。その後は2部合唱版、合唱部向けに女声3部版も書きました。
つらい時間は永遠に続くわけじゃない
私は曲をつくるときは、自分に自然と「降りて」きた言葉やメロディーを大事にします(ですから私の曲を歌う皆さんは、まず歌詞をしっかり読んでいただけたらうれしいです)。「こういう歌をつくろう!」というよりは、そのとき自分の内から自然と湧き出てきたものを書きとめ、あとから歌としてまとめます。ですから、完成後に「あ、この曲で自分が言いたかったのはこういうことなんだ」と気づくことが多いのです。私の歌に共通するのは、「生き抜いて」という思いだ、と最近気づきました。『あなたへ―旅立ちに寄せるメッセージ』でも、そう言いたかったのだと。この曲に向き合った子どもたちや先生方は、いじめの問題などを連想されることがあるようで、「共感できる」というお手紙をよくいただくのですが、そう捉えていただいてもいいと思いますし、解釈は読んでくださるみなさんに委ねます。改めて見返すと「時よ おまえは見てきたのだろう」のくだりは、この曲の核心かもしれません。「憎しみ」の感情は誰だってもちますよね。でも、その感情が生み出すもの、その感情が行きつく「果て」とは何なのでしょう。それをぜひ考えてもらえたらと思います。
つらい時間は(もちろんうれしい時間も)永遠に続くわけではありません。だから「生き抜いて」と伝えたいのです。この曲に共感できる人も、こんな思いはしたことがないという人もいるかもしれませんが、本当の「優しさ」とは何なのか……「つながる」や「わかり合う」という言葉の意味を考え、噛みしめながら、まずは歌う人同士の気持ちを一つに。そして、手と手をつなぎ合って歌う歌を、聴き手に届けてほしいと思います。
——『教育音楽』2018年8月号連載「楽譜に書ききれなかったこと」より/筒井雅子(公立小学校教諭/作曲家)
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