読みもの
2024.10.02
10月のオペラ・コンサート予想

音楽が「起る」生活#1 新国立劇場開幕、エマール、読響&テツラフ、ギターと歌

コンサートやオペラは生もの。曲目やアーティストが決まっていても、ステージ上で何が「起る」かは行ってみなければ分かりません。この連載では音楽評論家の堀内修さんが、毎月期待されるコンサートと、その結果報告をしていきます。期待が当たっても外れても、音楽との出会いは一期一会の特別なもの。この秋からあなたも、音楽が「起る」生活、はじめませんか?

堀内 修
堀内 修 音楽評論家

東京生まれ。『音楽の友』誌『レコード芸術』誌にニュースや演奏会の評を書き始めたのは1975年だった。以後音楽評論家として活動し、新聞や雑誌に記事を書くほか、テレビやF...

(左上から時計回りに)
クリスティアン・テツラフ ©Giorgia Bertazzi
セバスティアン・ヴァイグレ ©読響
ピエール=ロラン・エマール ©Marco Borggreve + DG
大萩康司 ©SHIMON SEKIYA
マーク・パドモア ©Marco Borggreve
新国立劇場《夢遊病の女》(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

前置き:音楽作品は会場で生まれる

何かが起りそう。感動するかな?落胆するかな?興奮するのか、退屈するのか?何が起るかわからない。

予想はできる。コンサートやオペラは演奏される曲目が決まっていて、演奏者も決まっているからだ。それでも、何が起るかわからない。

ずいぶん前に、音楽作品は楽譜に記されたものではなく、会場で起ることだという説を聞いて、半信半疑だった。主張したのは指揮者セルジュ・チェリビダッケで、本人もこの説も、明らかに異端だった。いまならその異端の説が信じられる。音楽作品は、交響曲もオペラも、ピアノ・ソナタも弦楽四重奏も、 紙に書かれた記号ではない。劇場やコンサートホールで起る、出来事である。

続きを読む

モーツァルトは《ドン・ジョヴァンニ》をウィーンで上演する時、歌手に合わせて手直しした。上演されるのが作品だった。ワーグナーは《パルジファル》をバイロイトで出現する祝祭なのだと考えていた。

わかりやすいのはやはりオペラだ。30~40年前には《椿姫》の舞台を現代にしただけで驚かれたりしたものだけれど、いまではだれも驚かない。演出家は芸術家として認められ、さまざまな上演が、つまりさまざまなオペラが、人に刺激を与えている。「正しい作品」が最初からあるわけじゃなく、《椿姫》や《ばらの騎士》は夜毎舞台で生まれている。

即興の時代が去って久しいピアノやヴァイオリンのコンサートだって、ピアニストやヴァイオリニストがステージの上で楽譜に記された音符を再現しているだけなんて、誰も信じやしない。作曲家を崇拝し、総譜を絶対視するトスカニーニからカラヤンへの流れは、すっかり影が薄くなった。オペラも交響曲も、舞台の上で起る出来事だ。

と前置きしたあと、ここで始めようとしているのは、これから起る出来事の予想と、起った出来事の結果報告だ。競馬の予想と結果に似ていなくもない。東京では実にたくさんのコンサートが開かれ、オペラが上演されている。こういう案内があってもよろしいのではないだろうか。

予想する、あるいは期待するのは3~4のコンサートとオペラで、結果を報告するのも 3~4になる。今回は予想だけで、次回は「何が起ったのか」と「何かが起りそう」の両方になる。さて、何が起りますやら……。

何かが起りそう(10 月のオペラ・コンサート予想)

1. ベッリーニ《夢遊病の女》( 10/ 3 ~14 ・ 新国立劇場 )

新国立劇場《夢遊病の女》(撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

まさか!ソプラノが変ったって!新国立劇場の新しい幕開けを告げるのは、今シーズン 3 つだけの新制作オペラのうちのひとつ、《夢遊病の女》だった。ベルカント・オペラが好きな人が待ち望んだベッリーニの人気オペラだ。ところが凶報が伝わる。絶対の主役である夢遊病の女アミーナの交代だ。

声の妙技とドラマの変化の妙はアミーナを歌うソプラノにかかっている。歌うのはスターになりつつある注目のソプラノ、フェオラのはずだった。これで何かが起らないほうがおかしい。これぞオペラの醍醐味というものだ。落胆する可能性は高まったが、新しいスターを発見する喜びが得られる機会でもある。

アミーナを歌うクラウディア・ムスキオは 7 月に同じ役をシュトゥットガルトで歌ったばかりで、映像で聴く限り十分に成功の可能性はある。指揮者はベテランだし、演出にも期待できそうだが、結果がどうなるかはわからない。スリル満点だ。どうして聴かずにいられるだろう。

2. ピエール=ロラン・エマールp(10/ 8・東京文化会館小ホール)

ピエール=ロラン・エマール ©Marco Borggreve + DG

もう何が起るかわからないなんてことはない。エマールはピアノ好き、現代音楽好きならおなじみのピアニストだ。東京での演奏も重ねている。でも今回弾く曲目を見ると、つい聴きたくならないだろうか?

まずこのピアニストの十八番というべきリゲティの「ムジカ・リチェルカータ」があり、ベートーヴェンのバガテルに続く。それからドビュッシーの練習曲やショパンの練習曲もある。

さあいい曲を弾いてあげよう、というのではない。ピアノをさぐってみようと思うのだがよかったら付き合わないか?という誘いみたいだ。誘いに乗ってみようではありませんか。

3. 読売日本交響楽団第642回定期演奏会 セバスティアン・ヴァイグレ指揮 クリスティアン・テツラフvn (10/ 9 ・サントリーホール )

セバスティアン・ヴァイグレ ©読響
クリスティアン・テツラフ ©Giorgia Bertazzi

常任指揮者ヴァイグレが指揮し、メインはラフマニノフの交響曲第2 番で、テツラフが、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾く。ごくまっとうな読響の定期演奏会だ。ちょっと興味をひかれるのは最初にシュトラウスじゃなく伊福部昭の「舞踊曲『サロメ』から”7つのヴェールの踊り”」があるくらいだが、 風変わりというほどではない。でもこの 1 曲とラフマニノフの交響曲をつなぐと、微かな官能の香りがしてくるのはどうしてだろう。

そういえばブラームスの協奏曲だって、ブラームスとしてはとくに艶っぽさのある曲だ。テツラフが弾くのも意味がある。読響がドイツやイギリスにツアーを行なう前のコンサートでもある。準備万端の演奏に期待してみよう。

4.マーク・パドモア T&大萩康司 g(10/16・トッパンホール)

パドモアは魅力的なテノールだが、オペラの舞台で声を張る時期は、もう過ぎているだろう。でも大萩康司のギターと合わせるとなると、最高の人材というべきではないだろうか。

ダウランドやブリテンで繊細な歌が味わえるはず。でも個人的にはやはりシューベルトがたのしみだ。かつてペーター・シュライヤーがギターと合わせた《美しき水車屋の娘》を、つい思い出してしまうからかもしれない。

「水の上で歌う」「セレナード」「春のおもい」も聴ける。ピアノでなくギター伴奏の、親密なドイツ・リートを味わう貴重な機会だ。

マーク・パドモア ©Marco Borggreve
大萩康司 ©SHIMON SEKIYA
堀内 修
堀内 修 音楽評論家

東京生まれ。『音楽の友』誌『レコード芸術』誌にニュースや演奏会の評を書き始めたのは1975年だった。以後音楽評論家として活動し、新聞や雑誌に記事を書くほか、テレビやF...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ