読みもの
2020.05.01
現代音楽でおうちヴァカンス

鳥の歌と青い海の歓喜――メシアンの音楽で過ごす5月の妄想ヴァカンス

20世紀最高の作曲家のひとり、オリヴィエ・メシアン。彼の大作「鳥のカタログ」は鳥たちの生き生きとした歌声と、フランスの大自然を、メシアンが自らの足で訪れて書き上げた作品です。

外出自粛が叫ばれる今、美しいヨーロッパの5月を旅したメシアンを音で追って、音楽のヴァカンスに出かけてみませんか?

川上哲朗
川上哲朗 Webマガジン「ONTOMO」編集部

東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...

イラスト: 舞木和哉

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家にいながら音で旅する

5月はヨーロッパにおける最高の季節だ。長かった冬が終わると、太陽は輝き、草花が凶暴なまでに芽吹き、鳥たちは狂ったように歌う。行きたい……ヨーロッパに行きたい!

しかし、昨今の状況では、入国することも叶わない。しばらくは、家から出ることも難しそうだ。

そこで、今回提案したいのは、おうちにいながら音楽で旅する5月のヴァカンス。20世紀最高の作曲家のひとり、オリヴィエ・メシアンの音楽で妄想旅行といこう。

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メシアンの「鳥のカタログ」は自然も克明に描く

20世紀最高の作曲家のひとりである、オリヴィエ・メシアン(1908-1992)。数々の名作の中でも、群を抜いて独特なのが「鳥のカタログ」。メシアンがライフワークとした鳥たちの鳴き声の採譜をもとに、囀る鳥たちを描いた全7巻13曲の大作だ。

作品は、曲に登場するすべての鳥たち77種類と、この大作を初演したメシアンの妻イヴォンヌ・ロリオに捧げられている(そういえばロリオという名前も、綴りは違うが鳥の種類の名前だ)。

今回は「鳥のカタログ」の中の12曲目、「クロサバクヒタキ」で、ヴァカンスを過ごそうと思う。

この作品の楽譜の冒頭で、メシアン自身が以下のように記している。

5月、ポール=ヴァンドルにあるベアール岬の美しく晴れた朝。

岩肌の崖、ハーブが覆う乾燥した大地、サファイアとナティエの青をした海、銀白の太陽。

青い海の歓喜とクロサバクヒタキの歌。

「鳥のカタログ」は鳥たちの鳴き声だけでなく、メシアンが訪れたフランスの美しい自然を描写している。この曲における主人公は、輝くメロディを歌うクロサバクヒタキ(フランス語でル・トラケ・リゥール/笑うサバクヒタキ)と、朝の太陽に照らされて歓喜するポール=ヴァンドルの青い海だ。

ベアール岬 ©Tobi 87

南フランスの地中海沿い、ピレネ=ゾリアンタル県にあるポール=ヴァンドルはスペイン国境にほど近い。歴史的にはルシヨンと呼ばれるカタルーニャの一部だった土地。ベアール岬は、ポール=ヴァンドルから南西800メートル、ベアール山の麓にある。

筆者は残念ながら訪ねたことはないが、南仏(正確にいえば北カタルーニャ)の温暖な気候と、信じられないほど美しい海が広がっているのを想像するのは容易だ。

メシアンが旅し、感動した景色を音で探す、妄想のヴァカンスを始めよう!

「クロサバクヒタキ」の登場人物とその歌声

この8分ほどのピアノ曲、すべてのフレーズに鳥や情景の説明が記されている。妄想の手助けとして登場順、実際の鳥たちのさえずりとともに紹介しようと思う。

鳥のさえずりはSpotifyで視聴可能なものから、筆者がメシアンの音符に近いかな? と感じたものを掲載している。しかし、鳥たちの歌には細かな地域性が表れるので、必ずしもメシアンが聴いたものと同じでないことを記しておきたい。

(タイムはピエール=ロラン・エマールの録音による)

青い海の歓喜

0:01 最初に登場するのは海の情景、この曲の主人公だ。

クロサバクヒタキ

0:15 次に登場するのはもうひとりの主人公、クロサバクヒタキのさえずり。

セグロカモメ

0:33 海の上を飛んでいるセグロカモメの鋭い鳴き声も聞こえてくる。

イソヒヨドリ

岩陰に隠れたイソヒヨドリの美声も聞こえてくる。1:06までは、クロサバクヒタキとイソヒヨドリの競演。

カオグロサバクヒタキ

1:12秒からは2羽のカオグロサバクヒタキが、とても速いテンポでさえずりあう。(楽譜にはTraquet stapazinとあるが、カオグロサバクヒタキには同じ日本語名の2つの亜種がいる。今回は楽譜に併記されたラテン語名のOenanthe Hispanicaを信じて、Traquet oreillardを選んだ)

ヨーロッパアマツバメ

2:04にはヨーロッパアマツバメの叫ぶような鳴き声が、海上を通過。ここからしばらくは、これまで登場した鳥たちと、青い海が描かれる。

ノドジロハッコウチョウ

5:16~6:14まで続くクロサバクヒタキの長い独唱のあと、6:16からノドジロハッコウチョウが歌いはじめる。とても忙しく、超絶技巧のメロディをさえずっている。

海上の突風/海に輝く銀色の太陽のざわめき

6:51、ノドジロハッコウチョウの独壇場を遮るように、海上に突風が吹く。

7:01に「海に輝く銀色の太陽」の合間からクロサバクヒタキとヨーロッパアマツバメの歌声が聞こえると、最後は再び「青い海の歓喜」が表れて終わる。

参考資料 オリヴィエ・メシアン「鳥のカタログ」第7巻(Alphonse Leduc刊)
川上哲朗
川上哲朗 Webマガジン「ONTOMO」編集部

東京生まれの宇都宮育ち。高校卒業後、渡仏。リュエイル=マルメゾン音楽院にてフルートを学ぶ。帰国後はクラシックだけでは無くジャズなど即興も含めた演奏活動や講師活動を行な...

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